〈「いだてん」第13回「復活」あらすじ〉
意識がないままホテルに運ばれていた四三(中村勘九郎)は、日射病だった。いつもお世話をしてくれてきたダニエルに案内され、自分がコースからはずれてペトレ一家に助けられた行程を改めてたどる四三。そして、マラソンを共に戦ったポルトガルのラザロ選手が日射病で死去した事実を弥彦(生田斗真)に聞かされる。命を懸けて監督を全うした大森兵蔵(竹野内豊)や安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)の「頑張れ」の思いを胸に、四三は再び走りだす。 (番組公式HPより)
不思議な回だ。
表面をただなぞるならば、今回と前回の内容に、さしたる違いはない。
勝つか負けるかというサスペンスは、もはやない。四三がレースに負けたことは、もう前回で分かっている。今回はその負け方を「現場検証する」話だ。しかも、どちらの回でも、孝蔵が『富久』を語り、その語りに重なるように四三が走る。これは、すでに終わったできごと、語られた物語を再訪する回なのだ。それが観る者の感情を揺さぶるとはどういうわけか。実際、この第13回は、これまでの「いだてん」の中で屈指の、エモーショナルな回だった。
12回は一木正恵、13回は井上剛。じつはこの二人の演出の連鎖は、これまでも何度か繰り返されてきた。「小便小僧」での脂抜き走法の悪夢は一木演出。翌週「雨ニモマケズ」のマラソン予選会は井上演出。「おかしな二人」で、弥彦とシマを照らす暗室の赤い光とそこに浮かぶ写真の和歌子の姿は一木演出。翌週「敵は幾万」で、弥彦を追いかける和歌子の意外な感情の爆発は井上演出。一木正恵は映像に独特の色彩をほどこして、夢魔を見せる。そのあとで井上剛はくっきりと明晰な映像を見せる。
では、12回と13回で、二人の演出家の視点はどのように重なり、何が異なっていたのか。一木演出の仕掛けた夢を、井上演出はどのような夢としてたどり直したのか。例によって語るべき場面はいくつもある。しかしここでは孝蔵の語りと四三の走りに話を絞ろう。
第12回の一木演出では、まず四三の走りが先にあった。あたふたとスタートし、スタジアムを出るまでは息も乱れていた四三は、スタジアムを出ると、ようやく両腕にふんと気合いを入れ、すっすっはっはっ、いつもの呼吸を取り戻す。そこからはどんどん順位を上げていく。その頃地球の裏側で、孝蔵は車夫として走りながら、噺の一人稽古をしている。「どけどけどけどけ、火事だ火事だい。邪魔だ邪魔だ邪魔だい、って誰もいねえや邪魔なやつは」。あたかも四三の走りの力を得て、孝蔵の噺に勢いがついていくようだ。
だが、途中から次第に様子がおかしくなってくる。孝蔵の調子があがり過ぎている。「旦那〜」「おう、久蔵じゃないか。」「へえ、駆けつけてまいりやした」ここで、一木正恵演出独特の特殊効果を用いた背景が、油のようにぬめり出す。「よし、いけるいける」「いける、こりゃいけるばい!」すらすら出てくる噺に孝蔵が調子づき、それに呼応して四三も土手を駆け下りるのだが、大丈夫か。故郷のものたちが旗を振って声援しているその色、実次にいちゃんが声をかけてくるその色。一木演出の映像は赤みがかって、声援を灼熱の魔へと導いていく。「しからずんば死を与えよ」可児の叫びは太陽の熱のように、日本の仲間たちの姿を赤くしていく。そして「敵は幾万」が流れたところで、突然金栗を最初の目眩が襲ったのだった。
夢魔から明晰夢へ
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