彗星の孤独

ひとりの祈り

坂本龍一さん、大貫妙子さんらから賛辞を送られる音楽家であり、ノンフィクション等の著書も多数持つ文筆家でもある寺尾紗穂さんのエッセイ集『彗星の孤独』(スタンド・ブックス)から珠玉のエッセイを特別公開。第7回はエッセイ「ひとりの祈り」――忘れられたいのち、零れ落ちた声。(過去の連載

寺尾紗穂『彗星の孤独』より「ひとりの祈り」

あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋に生きた人々』(2017年/集英社)の出版にあたって、少し前に文春オンラインで受けたインタビュー記事がヤフーニュースで流れた。ヤフーニュースのコメント欄は予想通り、保守的な意見が目立ったのだが、その中に、どうしても見過ごせないものがひとつあった。その人は戦争をなくすために必要なのは「一般庶民の感情や狭い経験ではなく、事実に即してきちんと検証すること」、と主張していた。この人が言っている事実というのは、教科書や論文に載るような、政治の動きを追った「歴史的事実」なのだろうか。外交的に追い詰められたから、こういうことをやって、国内はこんな状況だったから、だから戦争になった。だから戦争をなかなかやめられなかった。ここをこうすれば戦争を回避できたかもしれない。そういう分析は実際、ある程度進んではいるだろう。アカデミックな議論を積み重ねることは大切だ。それが国民の間に正しく理解され、さらにそれによって、確かな力のある政治家を選び、戦争をきちんと回避できる状況を作れるか、と言えば、非常に心もとない気はするけれども。

「事実に即してきちんと検証すること」。言っていることはそんなにおかしいことではない。戦争をなくしたい、という思いも共感できる。しかし、「一般庶民の感情や狭い経験ではなく」という言葉を使う人を私はどうしても信用できない。「一般庶民」というがどれほど多様であるか。その生業、状況、生い立ち、そして経験を異にし、それぞれに感じ方も違う、ということをこの人は感じとることができていない。言ってみれば、国というものが、たいていの政治家というものが、「一般庶民」の多様さを理解できていないのと同じように感じられていない。この人の物言いは、皮肉にも自分のものの見方がどれほど一面的で「狭い」のかを表してしまっているように思う。

 戦争の全貌というものは、死傷者数や攻撃の様子だけで伝わるものではない。その被害の多様さや細部に目を配らなければその本当の「意味」を知ることはできない。どれだけ多くの人が異なる形で殺され、傷付けられたのか。誰を失い、その後の人生をどのように生きたのか。その逆に、戦争で金儲けをし、何食わぬ顔で戦後を生きたのはどういう人たちなのか。ひとりの人間にとって戦争とはなんだったのか。

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彗星の孤独

寺尾 紗穂
スタンド・ブックス
2018-10-17

この連載について

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彗星の孤独

寺尾紗穂

坂本龍一、大貫妙子らから賛辞を送られる音楽家であり、ノンフィクションの著書を多数持つ文筆家でもある寺尾紗穂さんの『彗星の孤独』より厳選のエッセイを公開。遠くて遠い父、娘たちのぬくもり、過ぎ去る風景――ひとりの人間として、母として、女と...もっと読む

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