漣野と南雲が立ち上げる出版社に電子書籍ブレイクの秘策あり!?

【第27回】
枝折が立ち上げたBスタイル文庫で唯一成績がよかった南雲の作品。その秘密を聞き出すべく、枝折は南雲を訪ねたが、そこにはなぜか漣野が居合わせていた。二人が協力して電子書籍専門の出版社を立ち上げたと聞かされ、驚く枝折。果たして二人が思い描く作戦とは? 文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら、変貌する出版界の明日を占うお仕事小説!

◆南雲と蓮野が立ち上げた新会社とは!?

 川崎駅に着き、バスに乗った。辺りは既に暗くなっている。

 調べてきたバス停で下車して、地図アプリを頼りに店を探す。しばらく歩くと、灯りの点った看板が見えた。腕時計を見る。もう開店している時刻だ。枝折(しおり)は引き戸を開け、店に入った。

 客はまだぽつぽつとしか来ていなかった。外観は古かったが、内装はきれいで掃除が行き届いている。おそらく何年か前にリフォームしたのだろう。

 カウンター席はまだ人がおらず、テーブル席がいくつか埋まっている。一番奥の席に南雲(なぐも)がいた。その横に漣野(れんの)がいることに気づいて驚いた。なぜ彼がここにいるのか分からなかった。

 近くまで行くと漣野が声をかけてきた。

「ついでだったんで同席させてもらいます」

 なにがどうついでなのか、さっぱり分からない。

「春日さん。漣野さんも今日の話し合いに加わります」

 さも当然といった様子で南雲は言う。いったいどういうことなのか。
枝折は席に着き、なぜあれほどまでに他の作品と初動に差がついたのか、南雲に質問した。

「事前の広報をしたからですよ」

「どうやったんですか。教えてください」

「私と漣野さんの読者相手に、直接訴えたんです。買ってくれるようにと」

「南雲さんと漣野さんの読者にですか?」

 意味が分からず説明を求める。

「私は漣野さんに勧められて、この半年ほどネット小説を各所で連載していました。そこで多くの読者を獲得することができました。その読者と、漣野さんの読者に頼んだんです。本を買ってくれるようにと。また情報の拡散もお願いしました。その結果、多くの人が今回の件で動いてくれました」

 南雲はスマートフォンを出して、いくつかのウェブページを見せる。小説家になろう、カクヨム。そうしたところで毎日連載しているのが分かった。出版社とは無関係なところで読者を獲得して、販売を成立させていたのだ。

「読者の作り方は、漣野さんに指導してもらいました。そして販売のための仕掛けも、漣野さんに考えていただきました」

 枝折は漣野を見る。今日ここに漣野がいる理由。それと関係があるのだろう。

「どういう仕掛けですか」

 知りたい。そして、Bスタイル文庫の部数を伸ばすのに使いたい。

「実はですね。私と漣野さんは出版社を立ち上げたんです。電子書籍専門の会社です。社長は漣野さんです。私は副社長です」

 枝折は驚いて、漣野と南雲を見比べる。

「この会社に賛同して参加してくれる作家を、既に十人確保しています。Bスタイル文庫で書いている人、これから書く人が半数以上を占めています。私たちの会社では、出版社に入ってくるお金の九十パーセントを、作者に還元する予定です」

 南雲の言葉に、枝折は卒倒しそうになる。今回の南雲の数字を見れば、多くの作家がそちらに流れるだろう。印税率だってそうだ。大手出版社を通さなくても売れるのならば、電子専売で大手と組む理由はどこにもない。

「小説が売れた仕掛けは、いったいどういうものなんですか」

 企業秘密と言われるかもしれない。しかし知りたかった。なんとしても持ち帰り、売り上げアップに繫げたかった。

「単純な仕掛けですよ」

 漣野が声を出す。

「南雲さんがBスタイル文庫で出した本は、書き下しじゃないんです」

「えっ」

 どういうことだ。昔の本や雑誌からの転載だというのか。

 漣野は説明を続ける。

「ネットの世界でコンテンツを売るには、商品を知ってもらうだけでなく、自分のものと思ってもらうことが大切です。春日さん。クラウドファンディングはご存じですか」

「ええ。ネットでユーザーから資金を募って、商品を作る手法ですよね」

 漣野はうなずく。

「クラウドファンディングは、資金を得るだけが目的ではありません。商品の完成にユーザーを参加させる。そうすることでユーザーを味方につけ、商品の販促に協力してもらうんです。
 これは現代的なマーケティングの手法です。南雲さんの小説も、クラウドファンディングとは違いますが、ユーザーを参加させる手法で作成しました」

「どんな手法なんですか。読者をどのように参加させたのですか」

「実は南雲さんの小説は、ネットで連載した小説の傑作選に、裏パートを加えたものなんです。ツイッターや感想欄で、入れて欲しい話を投票してもらい、その話とともに、脇役による別視点のエピソードを加える。それだけでなく、どんな話になるか、予想をネットに書いてもらうように読者に頼んだんです。
 自分が選んだ話の、違う視点からの物語が読める。こうなるんじゃないかという想像と答え合わせをおこなう。そうしてユーザーに参加してもらい、コミュニティを盛り上げたんです。これは昔からある古い手法の応用です。
 傑作選については、ミュージシャンがファン投票でベストアルバムを作るようなものです。別視点については、アルバムに別テイクを入れるようなものです。これらに、ネット時代の手法として答え合わせを組み合わせました」

 そんな仕掛けを用意していたのか。そういえば南雲の小説を読んだ時、まるで傑作選のようだと思った。本当に、そういう作り方でまとめられた作品だったのか。
 しかし、これは容易には真似できない。既に上がってきた原稿の販促には使えない。

「Bスタイル文庫をもっと売る、これからでも使える方法はないですか」

 駆け引きなど無視して率直に漣野に尋ねる。

「春日(かすが)さんに、先ほど僕の原稿を送りました。Bスタイル文庫用のものです。まずは、そのデータを見てください。その上で提案があります。春日さんにお願いしたいことがあります」

「分かりました。まずは原稿を確かめればいいんですね」

「ノートパソコンは持ってきていますか。ePub形式で送りましたから、ePubビューワーで見てください」

 テキストではないのか。普通、原稿はテキストで送る。そして、出版社でePubのデータを作る。

 枝折は鞄からノートパソコンを出して漣野の小説を確認する。

「あっ」

 最初のページを見て、それが紙の本に囚われていない、電子の発想で作られた本なのだと分かった。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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