前例がないから、可能性がある。
それでもなお、何もわざわざ広告会社でやる必要はないじゃないか、という声もありました。
特に上層部のおじさんたちからです。そもそも広告会社がモノづくりをするなどという前例がなかった。
でも、前例がないことのほうが、僕にとってはとても魅力的でした。
例えば、賞をとって、大きな仕事をして実績をつくって独立するというのは、たくさん前例があった。天の邪鬼な性格もあってか、僕は独立するというのが「普通すぎる」ことだと感じていました。
だからこそ、何か違う道はないか、と考えたのです。
前例があるということは、すでにある道を行くということです。
先に同じ道を進んでいる人がたくさんいるわけで、後から追いかけることになる。それは本当に魅力的なことなのか。
それなら、まだ誰もやっていないことをやる。
まだ世の中にないポジションをつくる。
会社に残って、会社の資産と、会社がやってこなかったモノづくりを掛け合わせるというチャレンジのほうが、自分にとってはワクワクするし、会社にとっても、広告業界にとっても、モノづくり業界にとっても、世の中にとっても、面白いことが起こる気がした。
何か新しいものが生まれるのではないか、と思ったのです。
何か目標を持ったとき、すでに同じ道を行っている人や、ロールモデルとなる人がいれば、それを指針にできます。
でも僕の場合、ロールモデルはいませんでした。
だから、自分で切り開くしかない、そう思いました。
誰かの真似をするのではなく、先人になる。
そのために、自分がやりたいことをやれる環境を整えていけばいいのだ、と。
会社も同じではないでしょうか? 他の会社の後を追うのではなく、新しい領域を切り開くほうが面白いし、リターンも大きい。
もちろんリスクも大きいですが、可能性があるのにリスクを恐れてやらないのがいちばんつまらないし、それこそがリスクです。
前例がないからこそ、人と違うからこそ面白いことができる。そんなふうに僕は考えたのでした。
決定権のある人を味方につける。
広告会社でモノづくりをする、という前例がなかったチャレンジを実現するにあたって、僕はたくさんの人に意見を聞きながら、自分の考えをまとめていきました。
最終的に、会社に提案するために、それをキーノートのスライドにしました。2014年の5月のことです。
提案は、直属の上司ではなく、いきなり役員に行きました。
コピーライターになると決めたときに、役員に直談判に行った話は書きましたが、このときも考え方は同じでした。決定権のある人に、最初に話をする、ということです。
ましてや今回は、新しい事業の話なので、僕がコピーライターになりたいという話とは次元が違います。
それこそ部長に言ってどうにかなる話ではまったくないと思っていましたし、最初から会社全体を見ている人でないといけないと思っていました。
それだけに、企画提案のベースになるスライドについては、とにかく考え抜いてつくりました。
広告会社でモノづくりをやりたい、というからには、それを実現するために会社に徹底的に向き合う必要があります。
そもそも、博報堂でやる限りは、博報堂にもメリットがなければ、僕自身もそれをやる意味がないのです。
モノづくりと広告を掛け算するという、そのこと自体に、博報堂にとっての大きなメリットが存在すると考えていましたが、そう簡単に理解してもらえることではありません。
だからこそ、しっかりと説得ができるような資料をつくらないといけない。
たくさんの人に会ったのも、プレゼン資料づくりに時間をかけたのも、そのためです。
役員に直談判することも含めて、僕はできることは全部やろうと思っていました。
そうでなければ、本当にやりたいことなんてできない。そんなに会社は簡単に動くわけがない、と思っていたからです。
その覚悟を示すためにも、思い切った作戦をとることにしました。
冒頭でも紹介しましたが、提案資料の表紙には、たった1行だけ、こんな言葉を置いたのです。
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