人と話すことで、思考は深まる。
僕がYOYで得たプロダクトデザインの職能と博報堂で得たコピーライティングやマーケティングなどの職能を掛け合わせて、博報堂でモノづくりをする。
このアイデアが浮かんだ後、僕が真っ先にしたのは、とにかく人に会いに行くことでした。いろんな人に会いました。
社内で面白い仕事をしていると僕が感じていた人はもちろん、博報堂をすでに辞めた先輩、同世代で起業をしている友人……。
彼らに「こんなことをしたいと思っているんです」と伝えて、フィードバックをもらいながら、僕は自分のなかの思いを固めていきました。
実際、自分一人でパソコンに向かって考えていると、視野が狭くなったり、行き詰まったりするものです。
だから、人と話すことに意味がある。話すことで、思考はどんどん深まっていきます。
ここで活きたのが、普段から人とのつながりを大切にしてきたことです。
それは、もしかしたらドイツ時代に、コミュニケーションがとれなくて孤独を感じた経験の反動だったのかもしれません。
僕は特に社交的なわけではありませんが、会社の同期に「いろんな人たちが来るけど」などと誘われたりすると、できるだけ行くようにしていました。
社外の人でも、そんなふうにして何度か会う機会があったりすると、お互いを覚えていたりするものです。
また、社内では、昔から「社内パトロール」をするクセがありました。
僕は自分のデスクに座って仕事をする、というのができないタイプなのです。
打ち合わせはできるのですが、何かの作業を会社のデスクでするのがとても苦手でした。
それこそ企画などは、電車のなかで考えたりすることもよくあります。
企画書をまとめる作業も、会社のデスクに座って行うのがとても苦手で、空いている会議室を使ったり、社内のフリースペースでやったりしていました。
デスクに座ってやるのは、経費精算くらいかもしれません。どうにも、落ち着かないのです。
そして時間ができると、よく社内をうろうろしていました。とにかく、いろんな人としゃべる。
コピーライターやデザイナーなどのクリエイティブ職は、ある程度フロアにまとまっているので、ふらふらと話しかけに行くのです。
決めていたのは、1日に1回、誰でもいいので、まったく関係のない人と話す、ということでした。
幸いにも社内には、面白いな、と思える人がたくさんいました。何かのアワードを受賞した人がいたりすると、声をかけたりする。
そんなふうにして、社内の面白い人たちとも、つながりができるようになっていきました。
ですから、monomを立ち上げることを思いついたとき、社内も社外も、博報堂のOBにもどんどん会いに行って、話を聞きました。
いろんな声がありました。
「そんなことを考えているんだ、面白いね」とすぐに応援してくれた人もいます。
一方で、「モノづくりをビジネスにするのは難しいんじゃないの。甘くないよ」と言ってくれた人もいます。
コンサルティング会社に勤めていた友人からは、「数字をちゃんと見られるの?」という鋭い指摘ももらいました。
「面白いね、たしかにいいんじゃない」という声も少なくなかったのですが、多かったのは、「それで何をつくるの?」という声でした。
それから、「YOY(ヨイ)でやればいいんじゃない」「どうして、会社を辞めてYOYをやらないの?」という声もありました。
このとき、他の人からすると、博報堂でモノづくりをするということとYOYでやっていることが、同じように見えるのかもしれない、と気がつきました。
僕のなかではふたつはまったく違うものでした。
YOYはあくまで内発的な表現活動です。一方、博報堂では、もっと世の中に向き合った新しい機能や体験を生み出すモノづくりがしたいと考えていました。
また、YOYは利益追求を目的としておらず、自分たちのペースで作品を生み出していくというスタイルだったのもあり、博報堂のビジネスにするという考えはまったくありませんでした。
こうして、会社に話すときに何を語らないといけないか、何に注意しないといけないのかが、だんだんと整理されていったのです。
4月にミラノから帰国して、5月はまだ仕事に余裕がありました。その時間を使い、1日に何人にも会いにいき、短期間で20~30人には話を聞いたと思います。そして、自分の考えを資料にまとめていく作業を何週にもわたって行っていきました。
資料ができると、また人に会って、それを見せてぶつけていく。意見をもらって、こうじゃない、ああじゃない、とディスカッションしていく。そうやって、方向性を少しずつ、はっきりと定めていきました。
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