「私の15年間ってなんだったんだろう」
後輩スタッフのうっちーは言う。
彼女は15年間続けた看護師の仕事を辞めて、山小屋に来た。
「私、なんでもっと早くに看護師を辞めなかったんだろ。それ以外の生き方もできるって気づくまでに15年もかかっちゃった」
そう言って、うっちーはため息をついた。
「私の人生、ずっとこの日々の繰り返しなのかな……」
うっちーは数年前、山小屋に短期のバイトで来た。
私よりも年上で、当時30代半ば。最初は「おとなしい人」という印象だったけど、親しくなるとけっこうよく喋る。ちょっと天然で、朗らかなお姉さんだ。
私たちは仕事の合間によく雑談をした。
「私ね、なんとなく看護師になっちゃったの。自分がどう生きたいのか、どういう仕事したいのか、ちゃんと考えないままに働きはじめちゃった」
うっちーは困ったように笑った。それが癖なのか、彼女はいつも困ったように笑う。
彼女の勤務先はそこそこ大きな病院だったらしい。三交代制のハードな勤務、職場と家を往復するだけの毎日。
看護師の仕事そのものは嫌いではないし、それなりにやりがいも感じていたけど、何年も続けるうちにだんだん「私の人生、ずっとこの日々の繰り返しなのかな……」という漠然としたモヤモヤを感じるようになったという。
うっちーは悩んだ末、とにかく現状を変えたくなって仕事を辞めた。いざ辞めてしまうと何もする気になれなくて、1年ほど貯金で生活していたそうだ。「そろそろ働きたいな」という気持ちになったとき、思い浮かんだのが山小屋だという。
「別に山小屋がやりたい仕事ってわけじゃないけど、他にやりたいこともないし。登山は前からたまにやってたから」
「わかる」
山小屋がやりたい仕事じゃなかったという点は、はじめて山小屋に来たときの私も同じだ。山小屋に過剰な憧れや期待がなかったぶん、楽しめたのかもしれない。
うっちーも、山小屋の仕事や、季節労働というライフスタイルに憧れがあったわけではないという。
けれど、一緒に働いている間、彼女はたびたび「サキちゃんは自由な生き方してていいなぁ」と口にした。
「……そうかなぁ?」
長年ひとつの仕事を続けてきた彼女にとって、「下界で正社員として働く」以外の生き方が自由そうに見えるんだろうな……とは想像がつく。常識や社会のレールから逸脱しているように見えるのかもしれない。
山小屋スタッフも「自由」ではない
けれど、私は自分の生き方が特別に「自由」なものだとは思わない。
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