公判も四日目を迎え、いよいよバレットは赤石光司元大尉を証人に呼び出した。
赤石は「久慈」の高角砲指揮官をしており、インド洋作戦では衛兵司令として捕虜を管理する責任者となっていたため、処刑を指揮することを命じられた。
赤石はまだ二十代前半で、履歴によると東京の出身で大学を繰り上げ卒業させられ、予備士官として召集されたという。
裁判長が傍聴席に向かって言う。
「今日の証言内容は、聞いていて辛いものになると思われます。ご気分の悪くなる方もいらっしゃるかもしれません。それでもよいと思う方だけ残って下さい」
だが、婦人も含めて席を立つ者はいない。
それを確かめた裁判長は、バレットに始めるように視線で合図した。
バレットが緊張の面持ちで言う。
「昭和十九年(一九四四)三月十八日、証人は重巡洋艦『久慈』に乗艦し、高角砲指揮官を務めていましたね」
「はい。担当は右舷高角砲です」
「証人は聞かれたことだけ答えなさい」
早速、赤石が裁判長にたしなめられる。
バレットが手元のメモを見ながら問う。
「あなたは当夜、衛兵司令であり、捕虜管理の責任者でしたね」
「はい」
「あなたはこの日、捕虜から食事についてのクレームを受けましたね。それで艦長休憩室に行った」
「そうです。それで乾元艦長から、パンやコーヒーを出すよう指示されました」
「ところが、再び呼び戻された」
「はい。士官調理室に指示を出したところで艦長従兵に呼ばれ、再び艦長休憩室に向かいました」
「そこには誰がいましたか」
「乾元艦長が、お一人でいらっしゃいました」
この時、副長の柳川孝太郎中佐は艦橋で指揮を執っていた。
「どんな様子でしたか」
「ひどく憔悴しているように見受けました」
赤石が乾の方をちらりと見る。一方の乾は鋭い視線で赤石の方を見つめている。
「そこで何を命じられましたか」
法廷に緊張が漂う。だが赤石はあっさりと言った。
「捕虜たちの処刑です」
傍聴席がざわつく。
「Silence!」と言って、裁判長がガベルを叩く。
「その時の乾被告の言葉を思い出せる限り、正確に再現して下さい」
「はい」と言って一呼吸置くと、赤石は思い切るように言った。
「『十六戦隊の五十嵐司令官から捕虜たちの処分命令を受けた。その責任者を君に命じる。重大な任務なので引き受けてもらいたい』という趣旨でした」
「それで、あなたはどうしましたか」
「処分の意味を尋ねました」
「それで、その意味を知ったのですね」
「はい。乾元艦長からは、『実行方法は衛兵司令の君に任せる。艦を挙げて協力するので、うまくやってくれ』という趣旨のことを言われました」
「あなたはそれを聞いて、どう思いましたか」
「冗談ではないと思いました」
法廷内に異様なざわめきが起こる。だが裁判長はガベルを叩かない。おそらく裁判長も集中しているからだろう。
「それは、どういう意味ですか」
「私は衛兵司令に任じられていましたが、本を正せば学徒動員で駆り出された学生です。艦内には適任と思われる方が多くいるのに、なぜ私に命じるのか極めて不本意でした」
赤石は当時を思い出したのか、怒りに頰を紅潮させている。
「あなたは、やりたくなかったのですね」
「当たり前です。そんな非人道的なことはできません」
「では、抗命したのですか」
「は、はい。『私には、任を全うできる自信がない』と言ったと思います」
「それは本当ですか」
「ええ。私はそう記憶しています」
赤石が言葉に詰まる。
──これは言っていないな。
この法廷にいる誰もが、それを確信しているに違いない。
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