タモリを読み解くキーワードは「はかたもん」
—— 『タモリ論』を書かれたきっかけは、タモリと小沢健二のあいだに実際あったエピソードを、デビュー作『さらば雑司ヶ谷』のなかで登場人物に語らせたことなんですよね。
樋口 はい。小説の本筋にまったく関係のない話だったのに、いろんな書評であの部分が引用されて(笑)。それがきっかけで、文藝春秋でタモリさんについての20枚くらいの文章を書かせてもらい、さらにそれが新潮社の編集者の目に留まって『タモリ論』を出すことになったんです。
—— そもそもなぜ、小説の本筋と関係のないところでタモリさんの話を入れようと思ったんですか?
樋口 あのタモリさんとオザケンのエピソードは、オザケンが『いいとも』のテレフォンショッキングに出たときの話なんですけど、僕の中ですごく印象に残っていて、“どこかで書きたい”ってずっと思っていたんです。ほんとは、ブログとかで勝手に書いていればいいのかもしれないけど、僕は“どうやったらこの話を書くことによって少しでも小沢健二・タモリの再評価につなげられるか”っていうことを考えていたんです。その結果、自分の小説の中で、まったく本筋に関係のないエピソードとして入れたら、より読者に対してインパクトを持たせられるんじゃないかって気づいたんですね。まだ小説家デビューもしてなかったんですけど(笑)。
見る人が見ればわかる通り、あの下りにはさらに元ネタがあるんです。登場人物たちが甘味屋に集まって、「史上最高のミュージシャンは誰か」っていう話をするという設定は、クエンティン・タランティーノ監督のデビュー作『レザボア・ドッグス』のオマージュなんです。あの映画のオープニングで、登場人物たちがマドンナの『ライク・ア・バージン』について「あれはヤリマンの曲なんだよ。太いチンポが入って『ああ、私処女みたい』って言うんだ。最高だろ?」って話をした後に、銀行強盗に向かうんですよ(笑)。あの映画は1回しか観てないんですけど、そのシーンが強烈に印象に残ってたんです。だから、“ああいう風にストーリーと全然関係のないところでダベリを入れるといいなぁ”って思って。
—— そしてとうとうこの『タモリ論』では、タモリさんを主題に取り上げたわけですが、「タモリについて語ることは難しい」とも記していますね。
樋口 そうなんです。たとえば、ビートたけしに関する本は100冊以上あるし、たけし軍団や浅草キッドも数々の英雄伝を認めている。それに比べて、タモリさんについての本ってほんとになくて、語りようがないんですよね。それでも毎日、テレビに出ているから、“この人はテレビの中にしかいないんじゃないか”と思っちゃいますよね。そういう、何を考えているのかわからないところが、「底なし沼」みたいに見える。ちょっと怖いくらいです。
—— そんなタモリさんを読み解くキーワードのひとつとして、「はかたもん」という言葉を挙げていますね。
樋口 そう。あれだけ働いていてお金もあるはずなのに、なんでずっと仕事を続けているのかって考えると、「はかたもん」だからじゃないかと思ったこともあります。井上陽水さんや、僕の師匠の小説家・白石一文さんもそうなんですけど、福岡出身の人って、ほんとに面倒見がいいんです。井上陽水さんなんか、なぜアルバムを出してなくても未だにツアーを続けているかというと、自分がコンサートをやることによって各地のプロモーターを食わせるためなんじゃないかって言う人もいるぐらいです。「ん、誰それとの仲も長いからね。30年のお付き合いですから」(井上陽水の声マネで)ってな具合なんじゃないでしょうか。
—— この本の中にも書かれていますが、タモリさんの自宅にも3人も居候がいるそうですね。
樋口 しかも、うちひとりはタモリさんと同い年なんですよ! 詳しくは知りませんが、住むところがなくなっちゃった友達に「いいよ、俺んちに住めよ」って言った感じじゃないですか? そして居候している人が起きたときに、いつでもご飯が食べられるように、カレーを作り置きしてあるんですって。タモリカレーですよ! ルーから作りこんで、隠し味にすりおろしのリンゴをちょっと入れたタモリカレー……。食いてぇ〜!
タモリときゃりーぱみゅぱみゅ
樋口 ただ、1冊書き終わったあとも、タモリさんの全貌は全くわからないです。僕の母親とタモリさんは同じ歳なんですが、終戦の年に生まれたような人が、67歳(2013年7月現在)にして毎日、昼に生放送で帯番組をやってるんですよ。それだけじゃなく、『ミュージックステーション』も『タモリ倶楽部』もあるし、去年は27時間の司会もやりました。
それでも夜は夜で飲みに行くでしょ。テレビでもよく言ってるんだけど、「酒だけ飲んでたら太んないよ」ってことで、飲むときはまったく食べないそうです。どんなに夜遅くまで飲んでも、朝ごはんは必ず奥さんと食べるそうですから。そしてまた、送迎のハイヤーに乗って10時半にはアルタに着いている……。
—— 異常な体力ですね。
樋口 もっと驚くのは、精神力ですよ。久米宏はタモリさんよりひとつ年上で、同じ早稲田を出て、同じように帯番組の『ニュースステーション』のメインキャスターをやっていましたよね。でも、18年やった結果、「昨日と見分けがつかない、終わりのない日常」に疲弊して辞めちゃった。しかも、久米さんは毎年、1ヶ月以上も夏休みを取っていましたけど、タモリさんはある時期(1993年以降)から夏休みを取っていない。フツーの人間なら、あんな風に毎日毎日同じことを続けていたら頭がおかしくなりますよ。
—— ただ、最近は『いいとも』でもオープニングとテレフォンショッキングにしか出演しないという形になっています。
樋口 さすがに省エネ化したんでしょうか。昔は、オープニングで歌を歌って、いいとも青年隊を相手にMCをして、そのあとのコーナーも全部仕切ってましたから。僕はいま、タモリさんは楽屋で休んでいる間、どんな気持ちで、モニターを見ているんだろう?ってところに興味があります。大きなお世話か。
—— 『タモリ論』には、『いいとも』を中心に数々のエピソードが織り込まれています。これを書かれたあとで気になった話はありますか?
樋口 このあいだ、『いいとも』のテレフォンショッキングで、タモリさんがまたすごいことを言ってましたよ。あの人、あの脚のキレイなお姉ちゃんが出てたとき……。
—— 山岸舞彩さんですか?
樋口 そう! よくわかりますね(笑)。その山岸舞彩さんが出てたときに、タモリさんは「俺、テレビなんかで伝えたいと思ったことなんて一回もないよ」って言ってたんです。これ、名言でしょ! 「だから俺、きゃりーぱみゅぱみゅが好きなんだ。『つーけま♩ つーけま♩ つけまつける♩』だよ」って。
—— タモリさんときゃりーぱみゅぱみゅに通じる部分があったと。そういえば、タモリさんは昔、まったく意味のない言葉をただ雰囲気やリズムでそれらしくしゃべる「ハナモゲラ語」なんていう芸をやってましたね。
樋口 ハナモゲラ! 懐かしいなぁ。
—— イグアナの形態模写もやっていたし。
樋口 そうそう。『いいとも』が始まる前くらいまでね。タモリさんって、いまでこそオンリーワンな存在だけど、昔ははしゃいでがんばってキワモノ芸をしている、それこそ芸人の“ワンオブゼム”だったんですけどね。
(構成:西中賢治)
「難しいことを難しいまま言うやつ、あれ、馬鹿だよね」——タモリ
冒頭にそんなエピグラフが掲げられる異色のお笑い評論。
cakesでは、『タモリ論』のまえがきも同時掲載! 併せてお楽しみください。
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タモリ論 (新潮新書) 樋口 毅宏 新潮社 |