彗星の孤独

犀の角

坂本龍一さん、大貫妙子さんらから賛辞を送られる音楽家であり、ノンフィクション等の著書も多数持つ文筆家でもある寺尾紗穂さんのエッセイ集『彗星の孤独』(スタンド・ブックス)から珠玉のエッセイを特別公開。第6回はエッセイ「犀の角」――犀の角のようにただ独り歩め。(過去の連載

寺尾紗穂『彗星の孤独』より「犀の角」

 仙台ライブは大雪だった。山形や福島から向ってくれたお客さんが来られなくなって会場は少しゆったりしていたり、タクシー乗り場の長蛇の列に並んだために芯から冷えきった上、リハなしでの本番となったけれども、会場のスタッフの方は温かなコーヒーを用意していてくださっていたし、地方だというのに綺麗に鳴るグランドピアノはあったし、PAさんも本番の音を慎重に微調整していってくださった。お客さんの中には、長年ファンでいてくれた方の他にも、学校でチラシをもらって、という女子高生や、美容院でチラシを見て音楽は普段聴かないけど気になってという人、あるいは図書館にフライヤーが置いてあってぴんときて、という人など様々だった。みんな、この日のライブをセッティングしてくれた企画者須藤さんのおかげだ。須藤さんは最初少し年配の方かと勝手に思っていたら、私よりふたつ上の同世代の人だった。そして、何より私が今回嬉しかったのは、私が『ビッグイシュー』を応援する「りんりんふぇす」などの活動を見て、自らビッグイシュー仙台支部と連絡を取り、会場での販売をセッティングしてくれたことだ。仙台に着いて、リハまでの時間は観光に使っても良かったし、最初は女川原発まで足を延ばしてみようか、いや、やっぱり松島まで行ってみるべきか、とも考えた。津波のやってきた海岸に立ってみたい、という気持ちもあった。それでも雪によって麻痺し始めそうな交通のことも心配だったし、なんとなく須藤さんご夫妻とお昼をご一緒したいと思い、お誘いした。普段は、外で食べるといってもひとりで食べることのほうが多いくらいだけれども、須藤さんとは話をしてみたかった。昼食後に空くだろう会場入りまでの午後の時間は、市内の大きな図書館に行って資料でも探そう、と思った。

「アーティストを地元に呼ぶのはChocolat&Akitoにつづいて2回目」という須藤さんはおとなしそうな感じの男性で、フライヤーを制作してくださった奥さんもおっとりとした愛らしい方だった。フジロックで出会ったというおふたりは、趣味を同じくしている。これからもこのように、力合わせて地元へアーティストを招いていかれるのだなと思うと、なんだかとてもうらやましくなった。私たちは、時折おとずれる沈黙の「間」に、少しはにかみながら、音楽の話や本の話、それからビッグイシューの話なんかをした。須藤さんは私がどうしてりんりんふぇすのような活動をしているのか、またなぜ『評伝 川島芳子』のような著書を出しているのか、気になっているようだった。そこで話は山谷でのSさんとの出会いや、戦前や戦争の時代とアジアへの興味、さらにさかのぼって、小学校時代に知って大きな衝撃を受けた関東大震災の時の朝鮮人虐殺にも及んだ。その時、須藤さんが、話をついだ。

「自分も震災の時の朝鮮人虐殺の話はずっと知らなかったです。それがある本を読んで、やはりその震災で捕まって、のちに恩赦が出たけれど、自分はそもそも罪を犯していないといって獄中で自殺した女性のことを知ってとてもショックを受けたんです」

 須藤さんが「震災」と言ったので一瞬、2年前のことかとうろたえた。90年前の「震災」の話を私たちはしていた。9月1日、全国の学校で防災訓練はしても、その混乱の中で起こったことを、学校はほとんど教えない。だから多くの人にとって「関東大震災」は大正時代の自然災害、でしかない。本当に学ぶべきことは曖昧にされて後世に伝わらない。

 昼には雪が上がると言われていた空は、時折うすく太陽の輪郭をさらしたが、粉雪は休みなく降りつづけた。私たちは会話が途切れると窓から雪と空を眺めた。その時奥さんが口を開いた。「そういえば3・11の時も地震のあと、こんな天気でした」

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彗星の孤独

寺尾 紗穂
スタンド・ブックス
2018-10-17

この連載について

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彗星の孤独

寺尾紗穂

坂本龍一、大貫妙子らから賛辞を送られる音楽家であり、ノンフィクションの著書を多数持つ文筆家でもある寺尾紗穂さんの『彗星の孤独』より厳選のエッセイを公開。遠くて遠い父、娘たちのぬくもり、過ぎ去る風景――ひとりの人間として、母として、女と...もっと読む

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koichinsa https://t.co/EVY4M0UTNk 9ヶ月前 replyretweetfavorite