「肉じゃが作れる男はモテるよ」という大変貴重なアドバイスをいただいたのは、一人暮らしデビューを間近に控えた18歳の夜のことだった。
「高校生の赤裸々日記!」的に、銀杏BOYZからメロディとカタルシスを抜いたようなホームページを運営していたおれに、常連さんである“東京のお姉さん”のひとりが教えてくれた助言。童貞はそれを聞いて青白く燃え、西荻窪のワンルームマンションに到着してまず肉じゃがを作った。ニンジンが固かった。
それから20年近くが経過し、肉じゃがのみならず調味料のさしすせそを駆使した醤油味のいくつかを作れるようになって久しい。だが、振り返ってみた記憶は誰かに泣かされたことのほうが多いので、モテるだなんてまあ普通に冗談だったよなと思う。あの女性もとっくに東京出て今は離島でコミューン築いてる。
しかしながら、私はそんな雑な啓示に踊らされたことに不満はない。というのも、料理を通じて自分の気持ちを表わせたシーンが何度かあったからだ。身近な誰かが体調を崩したときに胃に優しいものを作れたり、何か記念して手間ひまをかけたごちそうを出せたり。あと海外の安宿で「THIS IS!」と振る舞えたときなんかは、言葉だけでなく自分のコミュニケーション能力のなさを補えた気がしている。翻弄されがちな我が人生に悔いなし。
そんな自炊おじさんは今、子供がいて妻と育てに専念している。男児はすくすくと成長を続け、食欲も旺盛である。離乳食だって半年前のスタート時はデンプンのりのようだったのに、少しずつ量と質のアップグレードが続き、この冬の終わりにはフレンチトーストを手づかみで食べるわ、しらすをそのまま口に運ぶわと実に頼もしくなっている。朝昼晩3回きちんと召し上がり、最近は朝イチ&ラストでマストだったおっぱいすらご不要でいらっしゃって……半年くらいしたら彼は社会に出てんじゃないかとすら思う。
成長とともにしっかりしていくアレルギー耐性に合わせるべく、この半年は食材は妻が日々計画的にコントロールしてきた。そして大体のものはいける感じっすねとわかってきたこの頃、気まぐれにレシピ本をパラパラ読んでいたら、あるじゃん「肉じゃが」の文字。離乳食で肉じゃが作れるのか。
作りてえ。
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