やっと手ごたえを掴んだところで、ひざの古傷が再発。

【第7回】
真一は、夢にまでみたプロ野球選手になった。しかもイチローと同じオリックス。
イチローは真一に親切だった。昔話に花を咲かせ、飲みに行くと奢ってくれる。
天才とは何か。イチロー引退の報を受け、樋口毅宏が緊急書き下ろし!

*本作品はフィクションであり、実在のいかなる組織・個人、また媒体とも一切関わりのないことを付記致します。

九回表

 真一は二七歳だった。現役をあきらめきれなかった。ケガさえ完治すれば、これからもっと上手くなる自信があった。

 野球選手の寿命は七年だと聞いたことがある。二三歳でプロの世界に飛び込んだ自分には、あと三年の猶予があると真一は勝手に思った。

 浪人生活に入った。同じようにクビになった選手と一緒に自費で練習をした。

 伝手を頼って、他球団に売り込みに行ったこともある。試合前のグラウンドで、バッティングと守備を見せたが、球団を通して不採用の返事をもらった。

 ともに練習をしていた者がひとり、またひとりと姿を現さなくなった。

 真一の焦りは日々募っていった。

 この頃、三年間付き合った恋人と別れた。ファンレターをくれた、東京在住の看護師だった。

 真一はそれまで女を知らないわけではなかったが、深入りするのは避けてきた。生活のすべてを野球に捧げたかった。恋人は真一に理解があった。職業柄、真一に献身的だった。

 しかし彼女の優しさが痛くなってきた。

「俺がプロ野球選手じゃなくなったら、付き合っても意味がないだろ!」

 恋人は泣いて否定したが、真一は取り合おうとしなかった。

 自分が悪いのはわかっている。自棄になっていることも承知だった。しかしどうしようもなかった。


 同じ年、イチローもまたオリックスに別れを告げた。

 七年連続首位打者を手土産に、海の向こう、シアトル・マリナーズに入団したのだ。背番号はオリックス時代と同じ51。満を持してのメジャー挑戦だった。

 シーズン前、イチローがメジャーで通用するか、疑問視する声が多数だった。

マリナーズのルー・ピネラ監督の嘆きは連日日本のマスコミに伝えられた。

 スプリング・キャンプで、イチローの打球はほとんどが左にしか飛ばず、そうでなければゴロばかりだったからだ。

 シンシナティ・レッズのエースとして鳴らした、解説者のロブ・ディブルはこう断言した。

「もしイチローが首位打者を取ったら、裸でタイムズ・スクエアを走ってやる。三割でも打ったら競泳用の水着で同じことをしてみせる」

 ディブルの発言にアンチ・イチロー派は欣喜雀躍した。とりわけゴシップ誌は「イチロー、所詮井戸の中の蛙?」「来年には本来の目的通り、日本に戻って巨人入り」などと書き立てた。

 真一にはわかっていた。イチローは絶対にメジャーでも活躍すると。あいつはいつだって実力で周囲の雑音をシャットアウトしてきた。

 真一の予感は的中した。蓋を開けてみればイチローは開幕戦からヒットを飛ばし、五月には二十二試合連続安打を記録した。六月中盤には打率は三割五分を超え、ア・リーグの打撃部門のうちの十一でトップに立った。

 ピネラ監督はディブルに言った。

「そろそろ日焼けの準備をしておいたほうがいいぞ」

 イチローの一年目は、二四二安打で首位打者。新人王とMVPを獲得した。

 日本のスーパースターは、世界のスーパースターになった。

 ディブルは公約通り、上半身裸でタイムズ・スクエアをランニングした。パンツを捲ると左の尻には「イチロー 五十一」のシールが貼られていた。


九回裏

 真一に朗報が舞い込んできた。

 十月のナゴヤ球場と、十一月の東京ドームで、日本プロ野球界初の合同トライアウトが実施されたことになった。

 十二球団の関係者が居並ぶ前でテストをするのだ。

 そこでどこかの球団の目に留まれば、もう一度ユニフォームを着ることができるという。

 対象になるのは真一のような戦力外通告を受けた元プロ野球選手や、ドラフト指名を受けなかった高卒、大卒のプロ野球選手志望者たち。

 一刻でも早くテストを受けたかった真一は、十月三〇日のナゴヤ球場に向かった。

 四年前にナゴヤドームが完成してから、ナゴヤ球場は中日ドラゴンズ二軍の球場兼練習場として使われていた。

 愛知県で育った真一にとって、子どもの頃あこがれの野球場だった。時は流れて、このような形で初めてナゴヤ球場のグラウンドに立つことになろうとは。

 ナゴヤ球場には百人近い選手が集まった。その中には知っている顔もあった。結婚して子どもと家のローンを抱えているベテラン選手を見つけた。真一は申し訳ないが、テレビなどで見る限り、その選手がもう一度プロ野球の世界に戻れるとは思えなかった。

 そしてはたと気付く。

 —俺も他の者から見たら、同じように思われているのだろうな。

 テストは基礎体力を見るかと思っていたが、シートバッティングだった。ピッチャーは打者三人と、バッターは投手七人と対戦する。

 大卒の青年、三十歳の元中継ぎ、二軍の最多勝投手らと真一は対戦した。

 プロとして数年の経験があるものの解雇された、年齢も似たような境遇のピッチャーと戦うときは力が入った。

 結果は二本のヒット、二本の外野フライ、ふたつのファーボール、三振がひとつ。

 まあまだだったと、真一は手応えを感じた。

 遠くに引っ張る力と、選球眼があることをアピールできたと思っていた。守備も難なくこなした。

 しかし、テスト後一週間以内に連絡があるはずが、どこからも来なかった。

 家の電話が故障しているのではないかと、試しに近所の公衆電話からかけてみたが、留守番電話に切り替わった。

 真一は、十一月二十六日の東京ドームも受けることにした。ナゴヤドームのときより受験者が多かった。

 またあの元ベテラン選手を見つけた。ナゴヤ球場で落ちたのに、また来たのだ。自分の分身を見るようで嫌だった。

 東京ドームではヒット一本、内野ゴロ三つ、三振三つだった。

 結果を待つまでもなかった。

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小説・イチローになりたかった男

樋口毅宏

イチロー引退の報を受け、小説家・樋口毅宏が緊急書き下ろし! 体が大きく野球センスもあった内之田真一は、自分の輝ける将来を疑ったことはなかった。そのスポーツ少年団に、一朗がやってくるまでは。 天才とは何かを問う物語。

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azu_chabi |小説・イチローになりたかった男|樋口毅宏|cakes(ケイクス) 9回 せつないじゃないか 本当に欲しいものだけが 手に入らない https://t.co/rArQzHXziw 約1ヶ月前 replyretweetfavorite