大学野球部の1、2年は虫けら、奴隷。3年でようやく人間、4年神。

【第5回】
真一は日本大学の野球部に進学し、カースト制度の最下部で揉まれる日々。
一朗が「イチロー」に改名し、怒濤の快進撃が始まった
天才とは何か。イチロー引退の報を受け、樋口毅宏が緊急書き下ろし!

*本作品はフィクションであり、実在のいかなる組織・個人、また媒体とも一切関わりのないことを付記致します。

六回表

 一朗は進学し、野球を続けることにした。日本大学が声をかけてくれたのだ。

 東京の大学に行かせてもらうよう、真一は母親にお願いした。

 母親は、「おまえがやりたいようにすればいいよ」と言ってくれた。真一は母親に感謝した。

 先輩後輩の上下関係は、高校より大学のほうが峻烈だった。

 一年生は虫けら、二年生は奴隷。ここらへんは殺されても文句が言えない。三年生でようやく人間。四年は神。このカースト制度を超えることができるのは、圧倒的実力を持った選手しか許されなかった。

 愛知県では知られた存在だった真一のプライドは粉々に壊された。

 練習よりも、ユニフォームの洗濯やグラウンドの整備、先輩の身の回りに忙殺された。

 真一はわずかな時間があると、寮にあるスポーツ新聞や週刊ベースボールを捲った。気が付くと一朗の名を探していた。

 一朗はオリックスの外野手として一軍と二軍を行ったり来たりしていた。夏のジュニアオールスターでMVPを獲得しても扱いは変わらなかった。

 —あいつでさえプロでは通用しないのか。

 真一は野戦病院のような腐りかけたクッションのベッドで、微かに救われた気になった。

 がんばれよと、心で励ます。俺もがんばるからと。


 二年生になっても真一の状況はさほど変わらなかった。

「先輩、キャッチボールいいスか」

 スーパールーキーと呼び声の高い、飯塚アキラが誘ってくる。生意気な奴だった。

 しかし強肩で俊足と、走攻守揃った選手で、四年生からも一目置かれていた。「モノが違うとはこのことだ」と、真一は思った。

 アキラは一年生のうちからレギュラーを獲得し、東都大学野球のリーグ戦で、三割一八本のホームランと、大車輪の活躍を見せた。

 ああ、こういう人がプロに行くのだなと、真一は思った。

 それでも毎日練習では手を抜かなかった。「流した汗は嘘をつかない」と、必死に自分を信じようとした。

 三年生になるとレギュラーに定着し、レフトで六番を打つようになった。

 スポーツ新聞と週刊ベースボールで一朗の名を探すが、昨年より見なくなった。

 心配しつつも安堵している自分がいた。


六回裏

「一朗」が「イチロー」に改名したと、真一が知ったのは、五月を過ぎた頃だった。

 一九九四年四月九日、パ・リーグ開幕。

 オリックス・ブルーウェーブ対ダイエー・ホークス戦。

 イチローは二番打者でスタメン入り。三打席目に内野安打。

 これが前人未踏の記録の第一歩だった。


「イチロー、初めて首位打者に」

 六月一日のスポーツ新聞の見出し。イチローは日本ハム戦で三割七分八厘。ダイエーのカズ山本を抜いて、今シーズン初の首位打者に躍り出る。スポーツ新聞を持つ真一の手が震えた。


「イチロー、史上最速の100安打到達」

 六月二五日の見出し。イチローは第一打席、日本ハム河野から十一打席連続出塁となる二塁打を放って四割一厘とし、初めて打率を四割台に乗せた。第五打席に内野安打。昭和三十九年に南海ホークスの広瀬淑功が六一試合で記録した最速一〇〇安打を、一試合上回る六〇試合で到達。イチローの扱いがベタ記事から写真付きのそれへと変わっていく。


「イチロー、打率四割」

 六月二九日の見出し。イチローの快進撃は留まることを知らない。近鉄戦で四打数四安打。打率は四割七厘。巨人のクロマティ、先述の広瀬、阪神の藤村富美男とバースについでの六〇試合を超えての四割キープ。巨人が中心のスポーツ新聞の一面に、イチローの大文字が初めて躍り出る。

 真一は「がんばれ」などと励ましていた自分が恥ずかしかった。


「イチロー、連続試合出塁、プロ野球記録を更新」

 八月十日。昭和六一年に阪神の石嶺和彦による五六試合連続出塁記録を塗り替える。

「天才バッター現る」と、マスコミの報道が過熱していく。スポーツ新聞だけでなく、テレビのスポーツニュースでもイチローを大きく取り上げるようになる。

 真一は見た。テレビの画面の中のイチローを。

 イチローは右腕で時計回りにバットを回し、そのままバットをまっすぐピッチャーに向け、左手で右の袖をつまむ。打席に立つたび、イチローはこの儀式を行った。

 真一は息が止まりそうになった。

 —これは俺が高校時代にやっていたクセじゃないか。

 真一は思う。ひょっとしたら、あいつは俺から盗んだのか?

 周囲に言い触らしたい衝動に駆られる。しかしできるわけがない。

 イチローの打ち方は特異なものだった。

 バットの先を揺らしてタイミングを取る。「振り子打法」と言うらしい。

 誰も見たことがない、真似ができない打法だった。

「こんな凄い人、見たことないっス」

 隣でアキラが感嘆の溜め息を漏らした。

 真一はじりじりと、身を焼かれるような思いがした。


「イチロー、192安打。プロ野球新記録達成」

 九月一四日。一三〇試合制になってからのプロ野球最多記録更新。

 東京ドームの日ハム戦で藤村の一九一安打を四十四年ぶりに破る。

 歴史的瞬間に立ち会った観客は総立ち。その中にはイチローの父親もいた。

 真一にとっては久し振りに見る、一朗の父親だった。以前よりやや老けていたが、満面の笑みで、歳を取ったことを感じさせなかった。

 真一は同時に母親のことを思い出した。


 そして九月二〇日。

「イチロー、前人未踏 200安打達成。日本プロ球界初の快挙」

 その瞬間、オリックスの本拠地であるグリーンスタジアム神戸はお祭り騒ぎとなった。

 試合後のインタビューでイチローは笑顔を見せつつも淡々と答えた。

「打ったのは真ん中の抜いた球。一本目が出たとき、『いけるかな』という予感がありました」

「僕にとっては初めて一年間通して一軍で活躍できたシーズンです。今年のこの経験を大事にしたいですね」

 イチローの名を世間に初めて知らしめたこの年、三割八分五厘でシーズンを終えた。東映の張本勲の二十一歳三ヶ月を上回る二十歳十一ヶ月で、パ・リーグ史上最年少首位打者に輝いた。

 しかしこの大記録でさえ、イチローにとっては伝説の始まりに過ぎないことを、人々は後に知るようになる。

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小説・イチローになりたかった男

樋口毅宏

イチロー引退の報を受け、小説家・樋口毅宏が緊急書き下ろし! 体が大きく野球センスもあった内之田真一は、自分の輝ける将来を疑ったことはなかった。そのスポーツ少年団に、一朗がやってくるまでは。 天才とは何かを問う物語。

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azu_chabi 今週もドキドキするぞ #小説 #樋口毅宏 https://t.co/gjuGBjKMMC 27日前 replyretweetfavorite