甲子園行きを賭けた試合で一朗と対決。運命の女神はどちらに微笑むか?

【第4回】
一朗は愛工大名電附属高校、真一は中京高校へとそれぞれ進み、
それぞれ甲子園を目指す。ところが、真一は乗用車にぶつかられ
大怪我してしまう。イチロー引退の報を受け、樋口毅宏が緊急書き下ろし!

*本作品はフィクションであり、実在のいかなる組織・個人、また媒体とも一切関わりのないことを付記致します。

五回表

 高校三年の春、愛工大名電はまたしても甲子園に出場した。一朗にとって二度目の甲子園だった。

 真一は積極的に無視を決め込んだ。甲子園と言えば夏のことだ。春はおまけに過ぎないと、自分に言い聞かせた。

 真一の右ひざは完全に治癒し、その間の上半身を中心としたウェイトトレーニングにより、真一の肩や背中は厚みを増した。四番サードとしてチームを牽引し、練習試合はコールド勝ちを連ねた。真一の打点がない試合はなかった。ほどなくして高校球児屈指の強打者として愛知県に響き渡った。

 一朗と愛工大名電への敵愾心が真一を奮い立たせた。


 遂に、最後の甲子園を賭けた日々がやってきた。

 一回戦は豊田高専に一〇対〇で五回コールド。

 二回戦は海南に一〇対〇でこれも五回コールド。

 三回戦も岡崎に一〇対〇。

 くじ運に恵まれて、弱小校とばかり当たった。勝っても浮かれることはなかった。

 四回戦は杜若に七対〇で七回コールド。

 五回戦は大成に、サインミスとバントミスで苦戦したが二対〇。

 準々決勝は愛工大名電と戦うことになった。愛工大名電はこの年、一朗をエースに仕立て、五試合中四試合をコールド勝ちしてきた。

 両校の対決は事実上の決勝戦と言われた。

 一朗はここまで二五打数一八安打で七割二分二厘。

 真一は二四打数一八安打で七割五分。

 舞台は熱田神宮公園野球場。これ以上なく晴れた空の下、両チームが居並ぶ。

 真一と一朗が見合う。一朗の背番号は1だった。彼らが対峙したのは中学卒業以来、二年半ぶりだった。

「よろしくお願いします!」

 真一はサードにつく。心に引っかかるものがあった。一朗が自分を見て、笑ったような気がした。

 一回表、愛工大名電の攻撃を三人で抑えた。

 一回裏、四番の真一が打席に立つ。ツーアウト。ランナーは一番がファーボールから盗塁で二塁にいる。

 一朗がストレートを投げる。ストライク。二球目、フォークボールを空振り。早くも追い込まれたが、真一は焦らなかった。

 たいしたピッチャーとは思えなかった。自分は二年余り、多くの名門校と対戦を重ねてきたが、一朗を凌ぐピッチャーはいくらでもいた。

 一朗に、自分がどれだけ成長したか、見せつけたかった。それには直接打って証明するしかなかった。

 三球目、一朗のカーブを真一は的確に捉えた。

 真一の打球はライトとセンターの間を真っ二つに割った。

先制タイムリー。一対〇。

 真一は二塁から一朗の背中を焼け付くように見つめる。「どうだ!」と、腕を高く突き上げたかった。

 二回表、中京のエース木村から四番一朗は三球目を打った。

 強い打球は抜けるかに見えたが、サードの真一が横っ飛び。ボールを捕るとすぐに起き上がり、ファーストに投げた。一朗の速い足をもってしてもアウト。真一のファインプレイだった。

 二回裏、中京の攻撃は三者凡退。

 三回表、守備の乱れとバッテリーミスを、愛工大名電は見逃さず、下位打線から細かいヒットを繋ぎ、二点を入れて逆転。一対二とした。一朗の二打席目はセンター前ヒット。ランナーを二塁三塁としたが、木村は続く五番伊藤を押さえた。

 三回裏、ツーアウト、一塁二塁。真一の二打席目は、打ち上げて内野フライ。一朗からタイムリーを打って肩の力が抜けたと思っていたのに、力んでしまった。

 四回表、立ち直ったかに見えた木村だったが、七番畑からソロホームランを浴びた。これで三対一。

 四回裏、一朗はランナーを背負いながらも〇点で抑えた。

 試合は順調に進んだ。五回表、愛工大名電の攻撃は一番から。ツーアウトを取るも、強打者深谷を恐れるあまり、ストレートのファーボール。四番の一朗と三度目の対決となった。

マウンドの木村を中心に、内野の守備が集まる。

「打たれることを恐れるな。来たら俺たちが必ず捕ってやるから」

 キャプテンの真一が励ます。

 一朗が打席に立つ。おもむろに三塁方向を見る。真一は目が合った気がした。

 この日の木村のピッチングは決していいものではなかった。それでもここに来て、尻上がりに良くなっているのを真一は感じ取れた。

 一朗への一球目、外角への高め。選球眼がずば抜けている一朗は手を出さない。

 二球目、カーブが低めに落ちた。ストライク。一朗はこれも手を出さなかった。

 三球目、一朗の内角を抉るようなカーブが行った。この日いちばんの木村の投球だった。

 一朗はバットを振った。

 その瞬間、球場が大きく騒めいた。

 ホームランか!と、観客が騒ぎ立つ。

 しかし、風はライトからレフトへと逆風が吹いていた。

 一朗の打球はグラウンドに戻され、センターフライに終わった。

 胸を撫で下ろしながら真一はベンチに戻る。

 —あぶないところだった。ツキはこちらにある!

 五回裏、一朗の制球が突如乱れ始めた。ワンアウトを取った後、ヒットから二者連続ファーボール。四番真一の第三打席が回ってきた。

 真一は左打席に立つ。ユニフォームの右腕の袖部分を持ち上げる。長年の癖だった。

 一球目はカーブでボール。二球目はストレートでこれもボール。三球目はカーブでストライク。真一は振らない。一朗の球をすべて見切っていた。

 これまでファーボールは三つ。要所要所を締めるピッチングで、一点で済ませているが、一朗の投球は中学のときのほどではない。この程度の投手ではなかった。やはりケガにより、踏み込む右足が悪いのだ。打てない気はしなかった。

 真一は思う。

 本当にすごいエースだけが甲子園に行くべきだ。

 一朗よ、おまえはたいしたピッチャーではない。それを俺がいま、教えてやる。

 一朗の第四球、外角低め。甘い球ではなかったが、真一には造作もなかった。

 真一の打球はライトスタンドへと吸い込まれた。

 場内は大歓声で沸いた。ゆっくりとした足取りで真一はダイヤモンドを回る。二塁を回ったところで、マウンドの一朗を見やる。背番号1の背中が小さく見えた。

 スコアボードに4の数字が加わる。五対三。

 真一はベンチに戻っても、喜びを顔に出すことはしなかった。当然の結果だと思った。

 かつてその背中を追いかけてきた同い年の選手に、血が滲むような練習と研鑽により、追いつき、とうに追い越したと。

 一朗は続投し、六番朽名を押さえたものの、七番林に打たれ、八番村田にファールで粘られた後、どうにか押さえた。中京の長い攻撃が終わった。一朗は重たい足取りでベンチに戻った。

 六回表、中京が守備につこうとした、そのときだった。

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小説・イチローになりたかった男

樋口毅宏

イチロー引退の報を受け、小説家・樋口毅宏が緊急書き下ろし! 体が大きく野球センスもあった内之田真一は、自分の輝ける将来を疑ったことはなかった。そのスポーツ少年団に、一朗がやってくるまでは。 天才とは何かを問う物語。

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