電気サーカス 第100回

真赤とのいざこざで家族や友人を巻き込む騒ぎをきっかけに、自殺を試みたり入院生活を送ったりと不安定な日々を送っていた“僕”は、ようやく社会復帰を果たす。そんなある日、真赤から久々の電話。そして、それが彼女との最後の接触となった。

 エピローグ

 数年前、とある元テキストサイト管理人と話す機会があった。
 その女性はネットではたちの悪い『ボダ』としてよく知られていた。その言葉の詳細な解説はあえてしないが、いわゆる『かまってちゃん』と呼ばれる人々がその言葉に分類されがちであったと言えばおおよそ想像はつくだろう。
 要するに、ある種の迷惑な性向を持つ人物に対して差別用語のように機能するスラングなのだが、彼女はその代表的な人物で、誰彼かまわず男女の関係を作って、コミュニティを滅茶苦茶にしてしまうと恐れられていた。
 そんな女から、不意に電話がかかってきたのである。いつ教えたのか全く記憶がない。会ったこともない。メールやチャットでのやりとりはしたことがあるような気もするが、挨拶程度のものだった。現に僕の携帯電話には彼女の番号が登録されておらず、相手が名乗るまでそうとはわからなかった。
 どういうつもりでかけて来たのか。警戒をしながら出てみると、
『なんだか、急に、ミズヤグチさんと話してみたくなって』
 彼女はなるほどかつての世評を裏付けるような言葉を、甘ったるい口調で囁く。
 彼女は僕に何も話をさせないまま、一方的に自分の近況を語った。もう東京には住んでいない。地元に帰り、原子力発電所の事務員をやっている。
『働いていてもさっぱり詳しくないんですが、あの、こういうのってやっぱり影響が出るものなのでしょうか。たとえば、もし子供でも出来たら、気をつけた方がいいと思います? まあ、私は妊娠しにくいと思うんですが。今まで危なかった時も、大丈夫でしたし』
 僕はそんなことは知らない。それよりも、堅実な仕事をやっているのが意外だと言うと、
『私ももう二十六歳ですから。そりゃ落ち着きますよ。月給十八万で、毎月頑張ってるんです。あの頃みたいに、とんがってはいないですよ』
 そして当時のテキストサイトの話になると、彼女は『あの頃に作った動画を見ます?』と言い出した。
 話があちこちに飛ぶのに戸惑いつつ、見たいと答えると、お互いパソコンを立ち上げたまま通話をしていたので、彼女はその場でメールを送ってくれる。
『あの頃、やたらとリストカットの画像を日記に貼り付ける女の子がいたでしょう? 私も切ったりはしてたんですけど、ああいう悲劇ぶったものを見ると何故だかすごく腹が立って、それでこれを作ったんです』
 僕がダウンロードをしている間、制作の動機をそう説明してくれた。この種の女性が皆一様に同族嫌悪が強いのは何故だろう。
 彼女が送ってくれた動画は、まず真っ白な画面からはじまる。
 壁や床だけでなく、机までもが白かった。ライティングも本格的なものが使われているのか、画面を見ている目が痛いほどだ。個人でよくこんなセッティングが出来たものだと感心していると、ほっそりとした全裸の女が画面に入ってくる。
「これがあなたですか?」
『そうです』
「裸ですね」
『胸が小さくって恥ずかしいです』
 彼女は僕の耳元でクスクスと笑う。
 画面のなかの彼女も笑顔で、椅子に腰掛けると、テーブルの上に両腕を置いた。右手にはカッターナイフが握りしめられている。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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