いい? 男は本当は男が好きなの。

【第15回】
逢瀬を続ける明人と豪。どちらの妻も不在の日、
明人の家で身体を重ねる。
その折、居間で遊ばせていた光が怪我をしてしまい、
ふたりの仲は険悪になる。
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 ふたりが冷静さを取り戻し、ようやく会おうとした矢先、明人は光を連れて山王病院に行った。光の顔のケガの経過を診てもらうためだった。そこでまなみと偶然会った。まなみは化粧っ気がなかった。女はこういうとき、二種類しかない。ひとつは葬式や不幸の場。ふたつめは「女」であることを飾らずに証明できるときだ。

 まなみは明人を見つけるなり、やわらかくはにかんだ。いつものように、ひとを掌に乗せるために。

「三ヵ月だって言われました」

 明人は言われた言葉の意味がわからなかった。まだ宇宙人や幽霊が現れたほうが現実味があった。なのに、口をついて出ていた。

「おめでとう」

 明人の脳裏を掠めるのは、皮肉屋の母親の口癖だった。

 ──人間、言ってることと腹の中は違う。

 言われるたびに笑って返していたが、明人は身をもって親の箴言に震えた。

「おめでとう」

 明人は繰り返した。しかし光を握る手に力が籠って泣かしてしまう。どうしたどうしたと抱っこをしながら、ようやく我に返る。自分はいまどんな顔をしているだろうと思う。

 まなみは広々としたダイニングのソファで優雅なお茶を嗜む。妊娠の経過は順調だった。二人目が、しかも男の子が生まれたら、自分の地位はより盤石なものになる。

 ソファに深く身を委ねながら、独身だった頃、友達に誘われて新宿二丁目のお店に付いて行ったことを思い出す。この回想は時折予期せぬ形でまなみのこころに甦った。

「男をやめたらラク。男がスキって言えるようになったら、怖いものはなくなった」

 モーリさんはそう言っていた。ヘルメットのような黒いヘアスタイルと、厚化粧でも濃い目の青髭が隠せない、年齢不詳のママさんだった。逞しい二の腕をしていた。いちばん強い性別だと、まなみは思った。

「男が競い合うのは男。いがみ合うのも男。女はものの数にも入らない。男は生まれついてから死ぬまで、金がほしい、成功がほしい、遊びがほしい、危機がほしい。命の駆け引きをし続けて、自分以外の男と奪い合う」

 友達が無邪気に訊ねた。

「女だって色々ほしいですよ。男の人は私たちに何をくれるんですか」

 モーリは言った。

「あんたたちには、愛でも与えておけば十分でしょ」

 友達は笑ったが、まなみは笑えなかった。

 モーリは続けた。

「いい? 男は、本当は男が好きなの。でも男とはセックスできないから、仕方なくあんたたちとヤッてるの」

「なんでしないんですか?」

「あんたほんとバカね。ヤッちゃったらもう終わりでしょ。大事なものを失くしたくないから。友達に戻れなくなるから、セックスしないの」

「えー、男のどこがそんなにいいんですか」

 モーリは、小娘は無知とでも言いたげな笑みを浮かべた。

「男は女みたいにめんどくさくないし、御機嫌を取らなくていい。気を遣わないし。子どもの頃からそう。鬼ごっこも、缶蹴りも、サッカーも女とやって楽しいわけないでしょ。女とは怪獣の話もジャッキー・チェンの話もできないし。なんで男の子はみんな野球選手になりたいんだと思う? 大っぴらにケツを叩けるからよ。

 男は男に目覚めたら、女なんか平気で捨てる。平和な時代に優しく生きていても、むかしの友達に誘われたら、カウボーイのように去っていく」

 あのときのモーリさんの顔。いくつも大事なものを捨てたはずなのに、もっと大きなものを得た者のみができる笑みを浮かべていた。あのときの至言はいまもまなみの中にある。

 なぜそれを不意に思い出したのか、まなみにはわからなかった。妊娠中のため精神安定剤をやめたせいかもしれない。

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東京パパ友ラブストーリー

樋口毅宏

有馬豪は、渋谷にあるファンドマネージメント会社のCEO。30歳のイケメンであり、イクメンだ。 娘の亜梨が通う保育園で、鐘山明人というおっさん建築家と知り合い、飲みに誘われる。 これが、それぞれの妻を巻き込んでの地獄の幕開...もっと読む

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