男が生きていく中でいちばんの問題は性処理だ。

【第14回】
ホームパーティに続き、鐘山家と有馬家は海に出かけた。
互いの妻の目を盗み、海の中で戯れる豪と明人。
「またこの海に来ような! 約束だよ!」
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 豪は遅くできた子だから、そりゃあ可愛かったね。

 水泳、バイオリン、英会話、絵画……物心つく前から稽古事はずいぶん習わせてきた。あの子の祖父、つまり私の父だが、学がなかったことがコンプレックスだったから、自分にできないことをやらせたいと、私が幼かった頃も色々と通わせてくれた。子どもだったから友だちと遊べなかったことを恨みに思う時期もあったが、今では感謝している。豪もそうだったと思うがね。

 だからなのか、反抗期のようなものが遅くになって出てきたのか。まあ私も三度も結婚した身だから、こればかりは血かもしれん。

 若い頃は絵描きを志したこともある。しかし、なれんものを目指したところで不幸になるだけだ。だからコレクションする側に回った。これまでずいぶん儲けさせてもらったな。ピカソを二枚所有していることが私の自慢なんだ。

 この間もボートで地中海をぐるっと回ってきたんだ。むかしから海は好きでね、若い頃は仕事が忙しくてできなかったから、いまになって遅れを取り戻そうとしているんだ。

 仕事ばかりの人生だった。いまどきの若者はブラックだ超過労働だと泣き言ばかり吐いてる。だから日本は沈んだ。私の世代の若い頃はみんな寝ないで働いたもんだが。電電公社がNTTになって上場したとき、初値は一六〇万円だった。その値を付けたのは私なんだ。豪には私が一生かかって得たものを伝授している。

 家内とは別居している。これまでよく尽くしてくれた。「子どもに介護をさせて迷惑をかけたくない」。そういう気持ちでこちらに来たんだがね。豪は「困った親だ」と思っただろう。

「人生は短い」。ひとはよく口にするが、この歳になればよりこの言葉の意味がわかる。

 自分の人生だから好きなように生きたい。誰しもがそう思う。しかし、自分の好きなように生きても、幸福になれるとは限らない。

 人生とは、とかく難しい。あの子もわかっただろう。むかしより、私に感謝してくれているといいのだが。


 明人と豪の夏は激しく、緩慢に続いていった。

 変わったことといえば、光と亜梨が通う保育園の保育士が、豪に猛烈にアタックを重ねていたことがバレて、重く見た園は彼女をクビにしたことぐらいだ。豪の家でまちぶせしたり、緊急連絡先が知りたいと聞きだした豪の携帯電話に何度もかけたりしていた。

 豪は明人に何気なくそのことを話していた。林という名前の若い女だと聞かされたが、明人は思い浮かばない。豪も女性の特徴を伝えようとするものの、園の保育士は男も女も同じユニフォームのため、地味なルックスしか思い出せなかった。

「モテる男は罪作りだね」

 豪はくすりともしない。

「家にも無言電話がかかっていたらしい。いまは実家の両親に引き取られたと聞いて、まなみはほっとしていた」

 幸い、亜梨に危害はなかった。園長は豪とまなみに謝罪し、今後こうしたことがないよう、保育士の教育を徹底しますと約束したという。

「そんなこと言ってもな。次に入ってきた保育士がまたゴーちゃんのことを好きになったらどうする?」

 豪は答えない。明人は少し苛立ってきて、言葉を浴びせてみる。

「だってそうだろ。いつだって、ひとのこころだけは縛ることができないんだ」

 明人と豪は週末に子どもたちを連れてプールに行った。たまに拓海と末娘のメグも一緒に行くことでアリバイとした。豪が買い替えたパジェロに乗る。

「きょうはみなさん、夫の奉仕デーですね」

「拓海くんはいつものことだろ」

 矢須子は、きょうは竣工の立ち会いだ。

「お母さんがいたらめずらしいよな」

 拓海はメグに話を振る。メグは答えない。ローティーン特有の反抗期か、あまり表情を表に出そうとしない。

「うちは久し振りに休み。寝ていてくれたほうがありがたい」

 美砂はこの頃、勉強会と称した飲み会に参加していた。連日遅い帰宅に明人は気を揉んでいたが、今夜は休肝日に充てると言っていた。

「きょうはカミさんの悪口が言いたい放題だ」

「ママにいいつけるー」

 亜梨の言葉に、車中がどっとわく。

 プールで遊ぶ。波飛沫も貝殻もないが快適だ。はしゃぎ疲れた光をビーチマットに寝かせる。亜梨もつられて横で眠る。まるで姉弟のようだ。拓海とメグはどこかに行ってしまった。人混みと喧噪の中、ふたりだけのプールサイドになる。西風が背中を下る。心地良さに思わず目を細める。明人はどさくさに紛れて、豪の肌についた夏の跡を指でたどる。すっかり水着の豪にやみつきになってしまった。「俺の男だ」と大きな声をあげたい。豪を見せびらかしたい衝動に駆られる。いつかおそろいのタトゥーを入れたい。お互いの名前でもいい。

 明人の思いを知ってか知らずか、豪は芋を洗うようなプールに飛び込み、やがて見えなくなる。雑踏に消えた男を、明人はいつまでも目で追いかける。

 あるとき、明人は豪を千葉の船橋まで誘った。お互いの家族と行って以来、通い慣れた江の島に行くものだと思っていた豪は、明人のナビに従い、車を走らせた。途中、不動産屋で鍵を借りて訪れた先は、一軒の小さな家だった。明人は鍵を開けて中に入る。その動きはかって知ったるものだった。豪があとに続く。白い天井と壁の廊下を抜けると、木目のフローリングが施されたダイニングキッチンにたどり着く。吹き抜けで開放感がある。大きな窓を開けて、風と光が飛び込んでくる。テラスには細い木が見える。螺旋階段の向こうには瀟洒な硝子ブロック。それほど坪数はなさそうだが、実際のスペースよりずっと広く見える。

 見覚えがあると豪は思った。あたまのなかを探る。閃くものがある。明人を見ると、くちびるをほどいて頷いた。

「俺が初めて設計した家なんだ」

 豪は出会った頃、明人のことを検索したら出てきた家だったことを思い出す。改めて家の中を見渡してみる。

「思い入れがあるよ。床の木材は何にしようか、キッチンの壁のタイルの大きさは何センチ角にするか、うんうん考えて、迷って。どこも全部理由があるんだよ」

 自慢のわが子のように明人が話す。

「誰も住んでないの」

 明人は少し間を置く。

「おふくろが住んでいたんだ。でも去年死んだ」

 風が止んだような気がした。豪は明人の顔を窺う。

「オヤジに先立たれた後、女手ひとつで俺を育ててくれた。だから体を壊したのかな。なのに病院嫌いでさ。介護をさせなかったのは、おふくろなりの子孝行なんだろうけど」

 明人の遠い視線の先に、豪は思いを馳せる。

「この歳になると、だんだん死が近づいてくる。やりたいことをやらないとな」

 豪が小さく噴き出す。まだ早いだろと思う。しかし明人の真剣な表情は変わらない。笑った自分が恥ずかしくなる。テラスに植えられた木を眺めた後、豪のほうを振り返る。

「ゴーちゃんも、また絵を描いてみたら」

 豪は小さく頷く。明人はそれが言いたかったのか。

「しかしそうなると、男と会ってる時間を削らないといけないな」

「いじわるだなあ」

 明人の声が弾けた。

 たぶんこのまま幸せな日々が続いていく。明人は思っていた。

 しかし、終わりのない夏などないことを、ふたりはまだ知らなかった。


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この連載について

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東京パパ友ラブストーリー

樋口毅宏

有馬豪は、渋谷にあるファンドマネージメント会社のCEO。30歳のイケメンであり、イクメンだ。 娘の亜梨が通う保育園で、鐘山明人というおっさん建築家と知り合い、飲みに誘われる。 これが、それぞれの妻を巻き込んでの地獄の幕開...もっと読む

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コメント

notkitasima #スマートニュース 濃い 4ヶ月前 replyretweetfavorite

mucci_texi 「性処理」とか「性交渉」って熟語は嫌いだな 4ヶ月前 replyretweetfavorite