22 ラスト・ワルツ
その夜、俊太郎が、例によって、酷く酩酊して帰ってきた。目を汚泥のように溶かし、赤ら顔で、酔っ払い特有の足取りで、股間の部分は強か濡れていた。
この光景を見るのもこれが最後だと思うと、不思議と腹も立たなかった。きっと何もかも自分の中で決着していたからだろう。俊太郎は上機嫌のようで、女性器の名称を連呼する替え歌を朗々と歌い上げた。
「これ、俺が五歳のときに初めて作った歌。天才じゃね? 今からでも歌手になれねえかな。武道館とかでライブやったり。あーあ、俺の親が有名人だったらなあ。○○○○とか」
この男の唯一の才能は、私を苛つかせることだったと思う。
時計をちらりと見る。宅配便を装った、劉朝偉が家に来る時間が近づいていた。
劉はひとつアドバイスをくれた。殺るなら外より家のほうがいい。素人が殺人をしようとしても失敗することが多く、屋外だと往々にして大声で人を呼ばれたり、逃げられたりするものらしい。車で森や海に連れて行っても、協力者がいないかぎり成功しないというのだ。さすが、本職の言葉だけに重みがあった。
台所に立ち、お茶を用意する私に背中から、俊太郎が酒臭い息を吹きかけてくる。
「おまえってイッたことないけど、それってどうなの」
俊太郎の手が尻に触れる。抵抗しないのをいいことに、指先が下着の奥まで伸びてくる。湯気を立て始めた薬缶を冷静な目で見ながら思う。
この期に及んで怖気づきそうな自分がいる。できるか? 本当にできるのか? 殺人を考えたことのない人間はこの世にいない。しかし考えるのと実行するのでは、あまりに大きな開きがある。私にできるのか——?
「きょうはいいことがあってさあ。あの子、そう、おまえ。初めてだったぞ」
俊太郎が私の下着の中から手を引き抜く。粘液に塗れた指を、ニタニタと嬉しそうに舐め回した。
「おまえ本当に俺に惚れてるなあ。女って生き物は、好きになった男を——」
沸騰した薬缶が鳴ったと同時だった。
私は振り向きざまに、手にしていた包丁を俊太郎の腹に突き刺した。