21 殺すべきもの
私は俊太郎を殺ることにした。
憎んでいたとはいえ、あれほど愛していたはずの男を葬ることに決めた。
死ぬほど苦しめられてきたが、私の中のお人好しがそれを許してきた。「それでも、あの人にだって——」と、理由にならない理由を後生大事にして生きていた。
いまは何もない。
「愚かな男は死んでも直らないが、殺せばいくらかマシかもしれない」という感情だけだ。
殺そうと決めた理由は、大きく分けてふたつある。
ひとつめ。俊太郎の浮気相手が他の女なら、ここまでの怒りは抱かなかった。
私は十六歳の私を守りたかったのではなく、他ならぬ私に手を出そうとしたことに、強烈な嫌悪感を持った。どんな女優やモデルでもまだ見て見ぬふりができるだろう。しかし、浮気相手が私なら、許さない。許せない。許すはずがない。
ふたつめ。どうして私は俊太郎と、これまでだらだらと関係を続けてきたか。その理由というか、謎が解けてしまった。
私は心の奥底で、「自分はこの程度なのだから」、「男もこのレベルでいい」とあきらめていた。しかしキャリアアップを果たして、ランクの高い男を見てしまった現在では、俊太郎はもはや人間ではなく、最底辺の虫けらに過ぎない。
虫けらを足の裏で踏み潰すことの何が悪い。罪悪感など、持つわけがない。
長い時間、私には俊太郎しかいないと思っていた。
——なんでこんな目に遭わされてまで、この人と一緒にいるのだろう。
自問自答した夜は、すべての指を折っても足りない。
女は男の笑顔に癒やされ、キスでごまかされ、真剣な顔で騙し続けてくれと願う。
それを叶えてくれずに、これからもしつこく金の無心だけをしてくるのなら、この手でお払い箱にするしかない。他人に任せたくなどない。
こんな考えを持つ私に、男たちは言うだろう。
「何も殺すことはないじゃないか」
「家から追い出せばそれで済むはずだ」
「これだから女って怖いよねー」
男たちよ、よく聞け。女はおまえたちが思っているよりずっとずっと怖い。女は好きな男に裏切られたら、大蛇になって焼き殺す。女はそこまで人を愛し、憎むことができる。なのにおまえらにできることと言えば、女をストーカーして、筋違いの愛もどきをぶつけることぐらいだ。
いいか、男たちよ、もっと言ってやる。おまえらは身の程を知れ。ちんこがなかったら、女はおまえらと付き合ったりしない。優しいオカマと心穏やかに、楽しく笑いながら暮らす。腹が立つのは、憎しみでおまえらを滅ぼせたら、この地上には、凡庸で、著しく遊び心に欠けた、誠実と陳腐を履き違えた朴念仁しか残らないことだ。
覚えておけ、男たちよ。女は男に対して愛する気持ちより、憎しみなんて高尚な感情ではない、巨大な軽蔑を抱いている。
私がいた世界で都知事になったボケはむかしインタビューで、「女性は本質的に政治に向かない。女は生理のときはノーマルじゃない。異常です。そんなときに国政の重要な決定、戦争をやるかどうかなんてことを判断されてはたまらない」などと宣った。
死ねよゲス。私はこう言い返してやる。
「男は本質的に政治に向いていない。男は性欲が溜まるとノーマルじゃない。○○○○です。だからこれまで無数の戦争をやってきた」
私がこれからやることは個人的なものではない。女を代表した復讐だ。
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