「ひょっとしたら、ひょっとしたらなのですが、弊社の工場跡地にですね、数十万の規模で缶詰が埋まっている可能性が出てきました」
鈴木さんから興奮気味の連絡を受けたのは、震災から1ヶ月を過ぎた頃だった。そして、私もテンションが上がった。とっさに暗算をすると、30万缶で9000万円、40万缶で1億2000万円、50万缶で1億5000万円、60万缶で……。
「かなりの埋蔵量ですね」なぜか私は、アラブの産油国を連想しながら鈴木さんの報告に応えていた。もっと掘り出して、もっと洗えば、木の屋の復興はかなり現実味を帯びる。そう思うと、現状に満足していられないという思いが湧いてきた。
もちろん、「さばのゆ」の前で缶詰を洗って販売することは、震災直後の何もなかったことから考えるとありがたいことだし格段の進歩であった。しかし、よく考えてみると、1000缶をさばいて週に30万円という金額は、月の売り上げにして120万円である。社員70名の会社を維持できる数字には、あたり前だが、ほど遠い。
「もっと掘って、もっと洗って、もっと売らねば!」そういう気持ちが強くなった。洗った缶詰の販売数を増やすにはどうすればいいのか? ラベルがはがれ、通常商品としてスーパーや小売店の棚に並べて売ることができないため、方法を考えなければならなかった。
やるべきことは、次の2つだった。
① 缶詰の確保(もっとたくさん缶詰を掘って洗う)
② 販売数の増加(販路の拡大、売り方の工夫)
①「缶詰の確保」のためには、ボランティアの数が足りない。②「販売数の増加」のためには、もっと広く知ってもらうことが必要だった。手伝いたい人、買いたい人、興味のある人を集めるには、どうすれば良いのか?
木の屋のケースは、緊急事態であり、時間をかけている余裕はなかった。短期決戦。そのためには、メディアを通じて、活動のことをもっと広く知ってもらうのがいい。いや、むしろ、それしかないと思った。
テレビを毎日見ていると、報道される場所や活動などに、ある一定の傾向があることがわかってきた。それは「わかりやすいストーリー性」と「絵になる」ベタな内容が多いということ。
4月4日の「Nスタ」は、たまたま以前から知っていたディレクターさんが取材に来てくれたが、その後は、メディアから問い合わせはあるのだが取材に来てくれるまでに至らず、今のままでは情報の拡散が難しいと感じていた。
「Nスタ」オンエアの翌日に、こんなことがあった。ある番組の女性ディレクターから「取材したいかもしれない」と電話が来た。「取材したいかもしれない」という曖昧な言い方に苦笑しながらも、「急ぎ」だというので、活動の内容や経緯をすぐにまとめてメールで伝えた。が、その後、3日ほど返信が来なかったのだ。さすがに私もイラっとして、女性ディレクターの携帯に電話を入れた。すると、電話に出た彼女の言葉に驚いた。
「なんか今回の企画は、難しいかもって感じで」
「どういうところが難しいですか?」
「なんかあ〜、絵になるキャッチーなところがないんですよね~。おしゃれなお店にサバ缶があるとか、イケメンがいるとか」
話は、そのまま進展せず、私が呆れているうちに、電話はなんとなく終わってしまった。
しかし、同時にひらめくことがあった。自分の周りを見回してみると、「イケメン」と「おしゃれな店」があった。
イケメンは、さばのゆに缶詰洗いに通う松友さんだった。そして、おしゃれな店は、下北沢にある私の店「スロコメ」だった。
翌日、さっそく、松友さんに経緯を説明すると、「イケメンなんて、そんなそんな」と謙遜したが、意見交換を続けるうちに、缶詰売場を併設した「復興カフェ」のようなスペースを作ると面白いのではという話になった。「木の屋カフェ」というネーミングのアイデアが出て、2人とも気に入った。
テンションの上がった我々は、4月中旬に入ると、復興をテーマにした木の屋カフェの準備をはじめた。私が企画&PR担当で、松友さんが飲食サービス担当。松友さんは、会社では商品開発の担当で、つまり、食材加工の専門家。料理はお手のもので、すぐに、以下のようなカフェを意識した試作メニューがいくつかできた。メイン食材はもちろん、洗った「金華さば水煮」缶。まさに「復興カフェ」に相応しいメニューだった。
・タラトマスープ……600円
(震災当日に缶詰で試作していた商品。少しピリッとしたスープ)
・サバーグ 高砂長寿味噌仕立て……600円
(挽肉と玉葱、「金華さば水煮」缶使用。ソースは、石巻の被災企業「高砂長寿味噌本舗」の味噌を使用)
・金華サバ炊き込みご飯……450円
(「金華さば味噌煮」缶の炊き込みご飯)
試食をしてみると、どれも美味。タラトマスープは、トマトの酸味とピリ辛感が二日酔いにいいと酒飲みに評判が良かった。サバーグは、ひと口食べると、金華サバの上質の脂の旨味が至福。「高砂長寿味噌」の味噌を使ったコクのあるソースの相性も抜群だった。
バタバタの開店準備だったが、「木の屋カフェ」のオープンは、ゴールデンウィーク初日、4月29日と決めた。震災から1ヶ月半にして、津波で社屋と工場を失った木の屋は、東京の若者の街・下北沢に実店舗を構え、復興に向けての活動をはじめる。
4月の半ばから、この情報をツイッターやブログで発信すると、たくさんの好意的なコメントと共に情報が広がっていった。そしてすぐ、テレビやラジオの取材問い合わせが入りはじめた。
ちなみに、この話にはオチもあった。あの「おしゃれな店とか、イケメンとか」と言っていた女性ディレクターの名刺をよく見てみると、所属は、テレビではなく、音声のみのラジオだったのだ。「同じ取材をするならイケメンに会いたかったのかな?」と、この話題は、経堂の飲み屋のカウンターに笑いを振りまいた。
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