泥まみれの缶詰がやって来る! そして店主は途方にくれる

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、人と人をつなぎ、全国に広がり、洗われ、販売され、工場再建のきっかけとなります。 震災で希望を忘れなかった人と、手と心を差し出した人情商店街の人々がつながった感動の物語です。(バナーの写真:佐藤孝仁)

 東北自動車道の全面再開から3日後というタイミングで、木の屋の2人が、義援金と支援物資を車に積み石巻へ向かったことを近所の店に知らせ、ブログやツイッターなどに書き込むと、さらに大きな反響があった。


「必要な物資を教えてください!」「ささやかですが義援金を託したいです」などのコメントやメールが相次ぎ、経堂の街に暮らす人々の被災地支援の関心の高さを強く感じた。


 3月31日、私は、ブログに必要物資のリストをアップした。


   *  *  *


[物資リスト]

・自転車(少しへんぴなところに物資を届ける役に立つそうです)

・カセットボンベ(コンロは大丈夫だそうです)

・靴(服に比べて、流されてしまったケースが多いので)

・スリッパ

・簡単に調理できて保存の利く食品

・野菜ジュース(新鮮な野菜が食べられないので便秘の人が増えています)

・2~3日ほど常温で日持ちのしそうな野菜(トマト/キュウリ/キャベツなど)

・バナナ/みかん

・チョコレート/飴などのお菓子

・オムツ(大人用/赤ちゃん用)

・ 電池

・ティッシュ

・トイレットペーパー

・ウェットティッシュ

・下着類

・除菌スプレー

このリストは、どんどん追加情報が更新されますので、よろしくお願いします。


   *  *  *


 リストの内容を見ると、当時の現地の切迫した状況がよくわかる。車社会であるにもかかわらず、車はことごとく津波に流されてしまい、移動や運搬の手段がなく、ガソリン不足と道路の未整備もあり、自転車が重宝されていた。1階の玄関にあった靴が流されて足りないというのも津波災害のリアルを感じる。

 アナウンスすると、打てば響くように、「さばのゆ」に物資を持った人たちがひっきりなしにやって来てくれるのが嬉しかった。ほとんどが経堂の飲食店のオーナーか常連さんで、わかりやすく言うと「1997年以降の経堂の飲み仲間たち」だった。

 難しいと考えていた自転車は、実用的なカゴ付きのママチャリが11台も集まった。隣り駅の千歳船橋、船橋神明神社の睦会の奥さまたちが集めた軽トラいっぱいの物資をデザイナーの林さんが運び、ドサッと寄付をしてくれた。近所の小学1年生が、正月にもらったお年玉の1万円をおばあちゃんと一緒に持って来てくれたのには、涙が出そうになった。お年玉袋の中にはこんな手紙が入っていた。


みなさんへ

じしんはこわいけれど

がんばっているのを見て

すごいなーとおもいました。

がんばっていて

げんきをもらいました。

ありがとう。

わたしもがんばります。

支援の輪は、お年寄りから子どもまで、あらゆる世代に。経堂に住む小学1年生は、お年玉を
寄付。封筒には心の込もった手紙が添えられ、木の屋社員の涙を誘う。


 そして、4月1日の午後1時。呼びかけて24時間ほどで、4トントラックに積みきれないほどの支援物資が集まっていた。荷物の仕分けをしているところに、鈴木さんから相変わらずの明るい声で電話が入る。

「明日、午前中に缶詰を積んで行きますんで!」「えっ? 缶詰!」「ええ、先日、イベントの最後にお話しした、泥だらけの缶詰のことです」「あれ、本気だったんですか? 鈴木さんが盛り上げるために言ってると思ってまして」そう正直に伝えた私に、鈴木さんはこう言った。

「いやあ、それもあったんですけど(笑)、今日、工場のあったところに行ってみたら、400缶くらい拾えまして。まあ、泥とか油とかで汚れてますけど、大きなバケツと洗剤、タワシなどがあれば、洗えば何とか大丈夫と思いますので。そろそろ、ラーメンのまことやさんとか、経堂のお店の在庫もなくなってきていると思うので、ずっとうちの缶詰を愛してくださっているみなさまに食べて頂ければと」

 鈴木さんは、本気で工場跡地で拾った缶詰を持って来る気だった。

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この連載について

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蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜

須田泰成

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、...もっと読む

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