道徳の時間

第4回】いい人はわるい人?

評価経済など新しい資本主義が加速しはじめた21世紀。 そんな新時代の「道徳」とは、一体どんなものでしょうか。現代には、人と争わない「いい人」が増えているのでは?という指摘に対する、岡田さんの「いい人であるほど道徳意識が低い」との言葉の真意とは。

—いい人であることと道徳感覚があることはイコールではないって、どういうことなんですか?

岡田 今の時代の「いい人」というのは、身近な問題に関して、無意識にその問題が存在しないフリができる人のことなんです。世の中には問題があふれていて、それをすべて直視していたら、いい人でいられる訳がない。スルーしているからこそ、他人に快く思われる人格を持つことができて、仲間に恵まれたり幸せ度が上がるんです。これは、ちっとも道徳的でないと思いませんか? 

—そう言われるとそうですね。自分はゴミをポイ捨てしないけれど、友人がゴミを捨てていてもいちいち注意しないという感じでしょうか。

岡田 そうです。「人間は人それぞれだからしかたない」という割り切りをするのが早いのかもしれません。僕は道徳がないんだと一刀両断しているんですけど(笑)。
これは進化なのだと思っています。僕の本で、加藤さんが編集を担当した『評価経済社会』(ダイヤモンド社)というのがありますよね。

—はい。

岡田 あの本の中で、僕は、これからの時代は貨幣の代わりに評価が流通して経済が回るようになる、「評価経済社会」になっていくのだと語っています。そして、評価経済社会で普通の人が生き残るには、「いい人」になるしかないと話しているのですが、これと今の話に出てきた「いい人」というのは、重なるものなんです。嫌なことがあった場合に、「難しいことはわからないけれど」と見えないふりをする。そうすると、他人との衝突が避けられますから、評価が下がらない。評価経済社会での戦略として正しいんです。

—へえ。

岡田  この戦略は、人が密集して生きているほど必要になるものです。今は人口は増加していないけれど、社会的距離の密集は高まっていますよね。囲いの中にシカを数匹入れると、ストレスが増えるという話をご存知ですか? 身体の距離が近くなることでストレスが生じるそうなんです。今僕らが直面しているのは、 自我の距離の接近です。自我がみんな膨らんでいて、接触がしやすいから、ストレスも生じやすい。そのストレスをかわすためには、問題を軽視して「いい人」になることが必要になる。

—自我が膨らんだだけでなく、インターネットによって接続が容易になりましたよね。

岡田 接続が容易になった分、膨らみやすいんですよ。今の時代って、関係する人が多いでしょう。自分に関係していることがぼんやりと広がっているから、自分かもしれない領域も広がっていって、衝突も起こりやすくなっている。

—クラウド・アイデンティティ問題ですね。『評価経済社会』でも書かれていました。

岡田 なので、本来自分とは関係のないところで、自分が傷つけられる問題というのが起こってくる。要は、どこともしれないところで自分の悪口が言われているんじゃないかと思ってしまうがゆえに、いい人にならざるをえないんです。

—それって、社会が面白くなくなる気がします。特に、突出しているエリートには、つまらないことにはつまらないと言ってほしいなあ。

岡田 優秀な人には社会を面白くする責任があるということですね。昔は、優秀なやつは大体面白いという法則が成り立っていたのに、最近の優秀なやつはあんまり面白くないということですか?

—昔の突出した人というのは、もっといろいろといびつな感じがあったと思うんですよね。

岡田 なるほど。優秀な人間には、優秀なだけのいびつさがあって、それが面白いという考え方ですね。おそらくそれは、いびつさを社会的成功によって補正している本人の葛藤があって、それが言動に含蓄をもたらして面白くなるということなんでしょう。たしかに最近の若い優秀な人たちは、そういうゆがみを持っていないかもしれません。だから、専門分野の話をさせたら面白いんだけど、そのほかの話だとなんだかつまらない。例えば庵野秀明さんは天才ですけれど、やっぱり何の話をしてもめちゃくちゃ面白いですからね。

—たしかに!

岡田  おそらく、今のエリートの人たちは、僕たちがエリートなのはこの能力についてだけで、それ以外の事に関しては無力な人間です、という風に認めちゃっていて、 いびつさや葛藤が感じられないのかもしれない。だから、自分の専門分野以外でなにか釈然としないことがあっても、しゃしゃり出たりしない。これはエリートに限らない話ですが。
  自分の嫁さんが金運の上がるブレスレットを売っていたら、「ちょっと待てよ」と止めたくなりません? 先祖代々の稼業だと言われても、止めるじゃないですか。でも、今は言わない人が増えているんじゃないかな。自分はおまじないなんてものはハナから信じていなくても、信じている人がたくさんいるんだからその想いは大事にしたい、という考え方もありますからね。さっき言った、「人それぞれ」のカードを切るという話なんですが。

—そういう風に生きていると、やっぱり問題がある気がするんですが。

岡田 だから、その反動でボランティアやソーシャルイノベーションに走るんだと思いますよ。

—えっ、どういうことでしょうか?

岡田 現代でいい人でいるためには、自分の身近な問題にはタッチできなくても、自分が関係ない問題には介入していいわけです。若い人がボランティア に積極的なのだとしたら、それは自分が見過ごしている問題に対する代償として、遠くの問題を解決しようとするということです。そうすれば、プラスマイナスゼロになって、死んだあとに閻魔さまに舌抜かれないで済むと思っているのかも。いいことをしたいときというのは、後ろめたいことがあるときなんですよ。一番熱心に寄付活動を行うのはマフィアでしょう?
 アニメを作っているときに学んだことですが、「悪=強い」「善=弱い」というのが物語の基本的な図式です。弱い人間が個人で悪を完徹することはできません。何か救済装置がないといけないんですよ。

—なるほど。道徳について考えていたら、とてもいろいろな視点が出てきましたね。

岡田 僕ひとりの手には余るかなと思います。「道徳の時間」をやるなら、僕がゲストといっしょに道徳を勉強するとか、僕がゲストのところへ行って教えを請うという形式だといいのかも。僕自身は、とにかくゲストであれ何であれ、誰かと楽しい対話ができて、見ている人が「へえ」とか「面白いな」とか思ってくれればいい。あとは、安易にいい人になりがちな、若いお兄さんやお姉さんたちの心にちょっとした影を落とせれば……(笑)。あいつらにも、影が必要ですよ。今の時代、楽園の蛇の役割は、「リンゴ食べてみたら?」とそそのかすことではなくて、「リンゴ食べたよね?」って小さい声でささやくことなんですよね。 若いお兄さんやお姉さんは、リンゴを食べていないフリしているだけですから。

—嫌な言い方ですね(笑)。でも、すごく面白そうです。ぜひ、連載に向けてご相談させてください!


(おわり)

 

「道徳の時間」に大幅加筆! 単行本『僕らの新しい道徳』発売です。

僕らの新しい道徳 僕らの新しい道徳
岡田斗司夫 FREEex
朝日新聞出版

 

ケイクス

この連載について

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道徳の時間

岡田斗司夫

評価経済など新しい資本主義が加速しはじめた21世紀。 そんな新時代の「道徳」とは、一体どんなものでしょうか。 未来社会をサバイブする岡田斗司夫が、 ゲストとともに様々な事例を引用しながら、 現代の「道徳」について考えていきます。 (月...もっと読む

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