スティーブ・ジョブズに車で会社まで送ってもらうなんて・・・!
2週間後の金曜朝、私は、左足に大きなブーツを履いて松葉づえをつき、玄関から外を透かし見ていた。スティーブが銀色のメルセデスでピクサーへ連れていってくれるというのだ。
上司に車で送ってもらうなど、ばつの悪いことこの上ない。
だが、そういう話になってしまったのだ。
自分で車が運転できるようになるまでの3カ月、スティーブは、自分がピクサーに行く日は私を乗せて往復してくれる、と。ほかの日は、私の側近としてピクサーに入社したサラ・スタッフが送迎してくれる。家がけっこう近いのだ。
スティーブがピクサーで過ごす時間を増やすことは、私が求めていた足がかりになりえないが、それでも、対応が必要な問題がひとつ片付いたことはまちがいない。
スティーブに送迎してもらった1週間後、3番目の子どもが生まれた。私は、片足立ちで出産に立ち会った。産院を出たときは、ふたりとも車椅子だった。ヒラリーは生まれたばかりの赤ん坊をだっこしている、私は松葉づえを抱えているという違いはあったが。
『トイ・ストーリー』のエンドクレジットには「プロダクション・ベービーズ」という項目がある。
ここに並んでいる名前は、映画制作中に生まれたピクサー社員の子どもである。次女ジェンナの名前も記載されている。こんなうれしいことはない。
第6章 エンターテイメント企業のビジネスモデル
1995年6月頭のある夜、私はスティーブに指摘した。
「正確なデータはないのですが、ちょっと調べてみたところ、ホームビデオは市場がものすごく大きいようです。ディズニーはここでずいぶんと儲けているんじゃないかと思います」
「みんな、ファミリー映画が大好きだからね。映画館で1回観ただけじゃ満足しない。何回もくり返し観たいと思うんだ。キャラクターも愛されているし。
あと、親なら、くだらないヤツより『アラジン』や『美女と野獣』を子どもに見せたいと思うものさ」
スティーブの言うとおりだ。我が家もいい例だろう。
最近のディズニーアニメは全部あるし、どれもくり返し観ている。
ジェイソンとサラのお気に入りは『アラジン』で、いつも、ロビン・ウィリアムズ演じるジーニーに歓声を上げている。スティーブのところも似たようなもので、同じ映画がずらりと並んでいる。
「みんな、1本30ドルも40ドルも払って買いますからね。レンタルもありますけど、アニメーション映画は手元に置きたいと思う人が多いように感じます」
「ディズニーがホームビデオで上げている収益はわかるかい?」
「正確にはわかりません。なんとか近いうちに詳しい数字を手に入れたいと思ってますけど。
ともかく、前に、『美女と野獣』がピクサーの作品だったら1700万ドルくらいは儲かったはずという話をしましたよね? あれが、総額の10%くらいにすぎないってレベルだと思われます。
試算が不正確だったとしても、ものすごい収益を上げていることはまちがいありません。
1億5000万ドルはくだらないんじゃないでしょうか。その大半がホームビデオによるものだと思います」
ホームビデオ市場で商業的に成功する
ホームビデオまで含めると、アニメーション映画は想像していた以上にすごい事業のようだ。
『美女と野獣』、『アラジン』、『ライオン・キング』は映画史上トップクラスの収益をたたき出しているのではないだろうか。
この3本はアニメーションというエンターテイメントの新しい時代を拓いた映画で、ディズニーのアニメーション部門は商業的にかつてないほどの成功を収めている。
「投資家へのアピールポイントになるな。数十億ドル規模のビデオ市場に参入できるってことになるから」
「そのとおりです。でも、まずは数字を確認する必要があります。それに、ホームビデオだけを頼りに株式を公開というのは心もとない気がします」
しかめっ面が返ってきた。
ピクサーが株式を公開できる段階に達していないかもしれないと示唆すると必ずそうなる。スティーブとしては、少しでも早く公開にこぎ着けたいからだ。
だが、私は片足をブレーキに乗せていた。ピクサーは、もうあと6カ月で『トイ・ストーリー』を完成し、公開しようと綱渡りをしている最中だ。
あぶなっかしい状態を投資家に見せるのは得策じゃない。
だいたい、彼らに見せられるような事業計画さえまだないのだし、ホームビデオの市場は大きいかもしれないが、サム・フィッシャーによれば、ピクサーの取り分はごく小さい契約になっているはずなのだ。
独立系アニメーション会社の株式公開の前例は少ない
アニメーション映画に思っていた以上の可能性があるとわかったのはいいが、だからといって、そこに会社全体を賭けるわけにはいかない。
そもそも、契約により、長い期間、おそらくは今後10年ほども、ピクサーの取り分は小さく抑えられてしまう。さらに、独立系アニメーション会社が株式を公開したという例は、近年、ない。
ディズニーが株式を公開したのは1940年だったし、ニューヨーク株式市場に上場した1957年にはアニメーション以外にも業務を拡大していた。私としては、同じようにするのがいい、レンダーマンソフトウェアなど安定した事業でアニメーションのリスクを緩和する形で進めるべきだと考えていた。
「ピクサーが持つ技術で、拡大できるものはないんだよな?」
「だと思います」
「じゃあ、アニメーションしかないじゃないか」
「そのとおりです。でも、映画をまだ公開してもいないアニメーション会社にウォールストリートの注目を集めるのは、まず無理です。それは、我々自身、なにもわかっていないというのに、エンターテイメントの会社であることを旗印にするってことですから」