ウッディが意地悪すぎる!
「『トイ・ストーリー』が完成できるのかどうか、心配になってきたよ」
ずっと考えていたもので、夕食中、つい声に出てしまった。
「どうして?」
9歳の息子ジェイソンが尋ねてきた。
「物語を作りあげるのだけで時間がかなりかかってるんだ。ディズニーのお気に召さなくて、中止されそうになったりしてね。動画の制作も大変だ。絵、1枚1枚の色とか細かいところの仕上げがね」
「ディズニーはなにが気に入らなかったの?」
「ウッディが意地悪すぎるっていうんだ。だから、いろいろと変えなきゃいけなかった。そして、いまの冒険物語になった。でも、予定は大きく遅れてしまった」
「お父さんはだれが好き?」
7歳の娘サラだ。
「バズ・ライトイヤーがおもしろいと思う。あと、恐竜のレックスもね」
「私はスリンキー」
サラも冒頭部分は見ているのだ。
スリンキーは犬のおもちゃである。映画を完成できさえすれば子どもに大人気になるであろうことは、息子や娘の反応を見ていればわかる。
映画の収益構造はどうなっているのか
『トイ・ストーリー』完成に向けて会社が努力しているあいだ、私は、その公開でどのくらいのお金が得られるのかを把握しようと努力していた。契約から概算すればだいたいのところはわかるが、それは推測にすぎない。
アニメーション映画が事業戦略になるのかどうかを考えるためには、収益構造をきっちり理解する必要がある。問いそのものはシンプルだ。
映画はどこから収益を得るもので、その収益はだれの懐に入るのか、だ。言い換えれば、映画館で売られたチケットとポップコーンの代金はだれの収入なのか、だ。
映画館か? 配給会社か? 制作会社か? こんな基本的なこともわからないのでは、最高財務責任者を名乗る資格などない。
このあたりを学ぶため、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの財務を統括するティム・エンゲルから話を聞くことにした。
彼は、『美女と野獣』、『アラジン』、『ライオン・キング』など近年の成功を実現してきた経営チームのひとりである。紹介されたとき、親切にいろいろと教えてくれそうだと感じたのだ。
「映画事業の収益について細かいところがよくわかりません。そのあたりをディズニーの方に教えていただければと思うのですが」
「お力になれればいいのですが、残念ながら、そのあたりは社外秘となっておりまして」
驚くには当たらない回答だ。ビジネスモデルは隠そうとするのが普通だ。だが、例外的な取り扱いにしてもらえないかと淡い期待を胸にもう一押しすることにした。
ディズニーは教えてくれなかった
「我々としては、制作した映画からどういう形で収益が上げられるのか、知らないと困るのです。今後、契約に定められたほかの映画について計画を立てるにも、そういう情報があると助かります」
「ロイヤルティーの報告書をお渡しするので、それを見れば収益がどこからあがっているのかわかるはずです」
ピクサーの取り分をどう計算したのかをまとめた報告書がディズニーから提供されることになっているのだ。
「ですが、いまの役には立ちません。『トイ・ストーリー』のずっとあと、いまから1年以上たってからでなければ報告書はいただけないのですから。そもそも、その報告書に十分な情報は書かれていないはずです」
弁護士時代の経験から、ロイヤルティー報告書にたいした情報は書かれていないし、正確である保証もなくて監査が必要だったりすることを私は知っていた。
「いま、もう少し詳しい話をおうかがいできる手だてはないでしょうか。ほかの人に漏らしたりは絶対にしませんから。自分たちの映画がどういう結果をもたらすのか、予想する手がかりがほしいのです」
「申し訳ありません。前例もありませんし。サンプルとしてほかの映画のロイヤルティー報告書をお渡しすることならできると思いますが」
それでは意味がない。まるで役に立たないと言える。ティムが意地悪をしているわけではない。
スティーブがピクサーに顔を出すことの意味
この問題をティムより上の人間に訴えようかとも思ったが、『トイ・ストーリー』完成に向けて大変なこの時期に、提供義務のない情報を求めてディズニーと一戦交えるのは得策と言えないだろう。どうにもならない。
数字は大事だ。それなしでは、足がかりを見つけることさえできない。仕事にならない。
『トイ・ストーリー』を完成できないリスクを測り、ピクサー事業の理解に必要な数字をどこで手に入れたらいいのかと悩んでいるうちに、課題がもうひとつもちあがった。今度はスティーブ関連だ。
「ピクサーにも少しは顔を出そうかと思うんだ。毎週とか2週に1回とか」
こう電話で言われたのだ。
ピクサーを買ってから9年間、スティーブがピクサーに顔を出したことはないに等しい。だから執務室もない。彼はアップルを去った直後の1985年にネクストを立ちあげており、1986年にピクサーを買収したあとも、ネクストの仕事ばかりしてきていたのだ。
気が変わった理由は言われなかった。
可能性を感じ、現場の近くにいたいと考えたのではないかと思うが、オーナーなのだから、特に理由などなくても顔を出しておかしくない。
このままでは先が見えない
だが、私はスティーブをピクサーに近づけるなとあっちでもこっちでも言われつづけているわけで、いま、スティーブに顔を出されても、なにかプラスになるとは思えない。
この問題を、スティーブに対して、あるいはピクサーに対して、どう切り出したらいいのだろうか。
泣きっ面に蜂とはこういうのを言うのだろう。
『トイ・ストーリー』を期限までに完成できなければ、わずかながら存在するはずの成功のチャンスさえ消えてしまう。事業の先行きをおおまかに予想できる程度の財務情報さえ手に入らない。
そのうえ、ピクサーが一番恐れている人物が関与を強めたいって? なんでもいい、なにか突破口はないのか。
これまでたくさんのスタートアップにかかわってきたが、これほど先が見えず、心配ばかりのところは初めてだ。
突破口は思わぬ形で現れた
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