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ピクサー最初の作品の主人公がおもちゃだったのには理由があった

アニメの世界では、光や影、風景の木々や肌の質感まで、すべてを描くようにコンピューターに命令しなければならない。だからこそ最初の作品は、比較的描きやすいおもちゃが主人公の『トイ・ストーリー』でなければならなかった。
2019年3月15日に発売!『PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(文響社)より特別掲載!

アニメーションではすべてを作りこまなければならない

 課題のひとつが、文字どおり観客が目にするものすべて、細かな点まで作り込まなければならない点だ。

 空について考えなくても実写の映画は作れる。屋外で撮影すれば、そのときの空が映るからだ。

 背景のビルや樹木も、あるがままでいい。樹木には葉もついているだろう。その葉っぱを揺らす風も吹いていたりするだろう。だから、実写なら、背景に映り込む木の葉っぱについてあれこれ考える必要はない。

 だがアニメーションの世界には、空も樹木も葉も、もちろん、葉っぱを揺らすそよ風もない。なにも描かれていないコンピューターのスクリーンがあるだけだ。

 そこになにかを描きたいなら、こういうものをこう描けとコンピューターに命令しなければならない。

 さらに難しい課題もある。

 現実世界で光や影はあって当然の存在だ。だから、「あそこに影があるのはなぜだ?」とか「壁のこっちには光が当たっていてあっちに当たっていないのはなぜだ?」などと考えたりしない。

 ところが、ポートレートや写真で光の当たり方や影のでき方に少しでもおかしなところがあれば、すぐにわかる。違和感を覚えるのだ。

 だが、コンピューターアニメーションの世界には光も影もない。すべて作り込まなければならない。

 ごくありふれたもの、たとえば肌はもっと大変だ。実写では、せいぜい化粧に多少気を遣うくらいで、特に問題となるポイントではない。肌は肌なのだから。

 これを描くとなると話はまるで違ってくる。色合い、体毛、しみ、しわ、風合いなどが微妙に違うし、そこに光が当たるとどうなるかも表現がとても難しい。

 だれも気にしないニュアンスだが、そこを無視するとものすごい違和感が生まれる。そういうディテールのない肌は「色のついたゴム」にしか見えないとエドは表現する。

「間に合うかはわからない」

 ピクサーには、このような課題の解決にあたる専門の部署が用意されていた。適切な光と影を生みだす照明部門も用意されているし、葉や空や肌などごとに専門の技術監督も置かれている。

 技術関連のリーダーで、『トイ・ストーリー』の全体を束ねる技術監督でもあるのがビル・リーブスである。だから、難しい課題は、すべて、彼のところに集まってくる。

 ビルはルーカスフィルム時代からの古参である。フレームの細いメガネと赤毛が特徴でおだやかな物腰の人物だ。

 映画の完成について彼がどう思っているのかを確かめようと、私は、ある日、彼の執務室を訪れた。すっきりとした部屋で、机には大型のスクリーンがひとつ。照明はあまり明るくない。

「間に合うかどうかわかりませんね」

 さらりと言われた。

「仕上げなければならないディテールの数はすさまじいものがあります。でも、みんながんばっています。困難はこれまでいくつも乗りこえてきましたし」

 自信が感じられた。心配はしているが、あわててはいない。

「リスクはどのくらいだと思います?」

「なんとも言えませんね。リスクはあります。すでに、みな、昼も夜もなく働いています。

 アニメーションは遅れ気味です。照明もです。

 登場人物であるアンディと彼の母親についても苦労しています。肌や服、顔の造作や表情などが難しいのです。でも、みんな、がんばっています」

最初の作品の主人公はおもちゃでないといけなかった

 こういう技術的課題が制作中のアニメーションにとって大きな制約となっていることが私にも次第にわかってきた。

『トイ・ストーリー』が動物や人間ではなく、おもちゃのアニメーションなのには理由があったのだ。おもちゃはプラスチックでできている。表面は均一で微妙なむらがない。

 肌を描く必要もない。動くたびにあちこちしわができる服もいらない。コンピューターで描くにはおもちゃのほうがずっと簡単なのだ。

 映画がアンディの寝室から始まるのも同じ理由だ。寝室は全体が単なる直方体だし、そこに置かれているベッドもドレッサーも、扇風機や窓やドアも、戸外に存在するあれこれに比べると幾何学的で描きやすい。光の処理も簡単だ。

 技術的に難しいシーンは、最後の10分間だ。

 ウッディとバズがおもちゃの車に乗り、道を走るトラックを追いかけるシーンである。ここで街路樹に葉っぱがなかったりほかに車がいなかったりしたらぶちこわしだろう。

『トイ・ストーリー』のすごいところは、その物語とキャラクターがすばらしいことだけでなく、不可能とさえ思える制約条件のもとで制作されている点にもあるのだ。

 それだけに、完成に向けたプレッシャーがどんどん高まっていた。一番最後が一番難しいのだ。そもそも、できるかどうかも本当にはわかっていない。

 技術的すぎて詳しく知りたいと思いもしなかった課題もある。

 そのひとつが、デービッド・デフランシスコというグラフィックスや映像のパイオニアが率いる小さな部門の仕事だ。

 彼の執務室は小部屋がふたつ。ふたつとも窓はなく、片方は高校のラボのような感じだし、もう片方は写真の現像などを行う暗室のような感じだ。部門の名前はフォトサイエンス。

 私にとっては初耳の言葉だが、ピクサーの人々は、みな、ここの仕事がどうなるか注目していた。

コンピューターの画像をフィルムに移す

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ローレンス・レビー /井口耕二

ジョブズが自腹で支えていた赤字時代、『トイ・ストーリー』のメガヒット、 株式公開、ディズニーによる買収……アップルを追放されたスティーブ・ジョブズとともに、小さなスタートアップを大きく育てた真実の物語。 3月14日に発売する『PI...もっと読む

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