『美女と野獣』なみのヒットでも利益はわずか
実際にどのくらい手にできるのかを見積もるため、この少し前の1991年にディズニーが公開したヒット作『美女と野獣』をピクサーが制作していたとしたらと考えてみた。
『美女と野獣』は、同じく近年のヒット作『アラジン』と『ライオン・キング』につぐ史上3位の収益をあげた作品だ。興行収入は国内が1億4600万ドル、海外が2億ドルで、これは平均的なアニメーション映画の3倍から4倍に達する額である。
それほどのヒットでも、この契約でピクサーが手にできるのは1700万ドル前後となる。制作期間が4年ということは、年間400万ドル強。ディズニーの儲けはその10倍に達するはずだ。
『美女と野獣』の財務成績を詳しく知る術はなく、これは推計にすぎない。だが、推計が5割ずれていたとしてもピクサーにとってはたいした違いにならない。
年間400万ドルも利益があがるなら悪くないと思うかもしれないが、この程度では会社を成長させることなどとてもできないし、しかも、この数字は『美女と野獣』並みの成功というありえない条件で計算したものなのだ。この契約でピクサーが得られる利益はないに等しいというのが現実的な見通しだろう。
こんな会社に誰が投資したいのか
絶望的だ。
この契約が終わってほかの映画を制作できるようになるまでは、3本の映画で年に数百万ドルを稼ぐのが限界ということであり、それも、ディズニー史上トップクラスの興行成績を上げる映画が作れればという条件付きなのだ。
そこまでの実績をあげてもごくわずかな利益しか得られない会社に投資をしようと考える人などいるはずがない。
「こういう計算であること、ピクサー側は理解しているんですかね」
「スティーブはわかっていますよ。そのあたり、しっかりと説明しましたから」
私には理解しがたい事態だった。
サムが言うようにスティーブは理解しているのなら、この契約がピクサーという会社にとってどういう意味を持つのか、数字の分析をだれかにやらせるのが当たり前じゃないのだろうか。
また、こういう条項が実写映画で一般的だったとしても、ピクサーが作っているのはアニメーション映画だ。実写映画なら1年から2年で制作できるが、アニメーション映画は4年から5年もかかる。年平均の利益がアニメーションは大きく下がるのだ。そのあたりを考慮した数字にすべきだったのではないだろうか。
続編も自由に作れないかもしれない⁉
契約内容が明らかになるにつれ、私は、目の前が暗くなっていくような感覚に襲われていた。仕事でこれほど行き詰まることがあるとは。
しかも、契約にはまだほかの条項もある。続編に関する取り決めで、重要な条項である。
契約書では、ピクサーが続編を制作できるのは、続編の元となる本編を合意した予算で完成させ、さらに、ディズニー流の続編制作に同意するなど、さまざまな条件がすべて満たされた場合のみとなっていた。
この条件が満たされなかった場合、ディズニーが、ピクサーと無関係にピクサー映画の続編を作ることができる。ピクサーがじっくり育てたウッディやバズなどのキャラクターをディズニーが好きなように使い、映画を作れるというのだ。この点についても、サムにただした。
「ディズニーが続編制作を望むのは、本編がヒットした場合ですよね。そのとき、ここに定められた条件のひとつでもピクサーが満たせなければ、ディズニーは、ピクサーのキャラクターを好きに使えるということですか?」
「そのとおりです。でも、これもよくある条件ですよ。ディズニーは何千万ドルも投資するのですから、その投資から十分なリターンが得られるようにしておきたいわけです。続編の制作も含めて、ね。続編もピクサーに作ってほしいと思うはずですが、でも、万が一ピクサーが作れない場合にほかの選択肢が選べないのでは困るでしょう」
「つまり、『トイ・ストーリー』の監督で、ウッディやバズを自分の子どものようにかわいがっているジョン・ラセターのところに行き、『ご苦労さま。あとはディズニーがやるそうだ』と告げなければならない、と」
「そうはならないことを願っていますけどね。普通なら、続編もジョンとそのチームに作ってほしいとディズニーも思うはずです」
であればいいのだが、その場合にも問題がひとつある。続編は、契約に定められた3本にカウントされないのだ。つまり、続編を制作すると、契約の終了が何年ものびてしまう可能性がある。
「どちらに転んでも我々にとってはよくないですね。ピクサーと関係なくディズニーが続編を作るのも困りものですが、ピクサーが続編を作ってこの契約に縛られる期間がのびるのも困りものです」