卵液に喫水線まで浸ったらフレンチトーストの進水式
「感性を育ててください」
作詞教室の後藤田先生は言った。それが先生の遺言になった。
先生がご存命のうちに芽を出して、先生に恩返しがしたかった。誉められたかった。
感性を育てたお陰で、わたしは他人の余命が分かるようになった。触れれば百パーセント、外さない。触れなくても五十センチ以内なら分かる。
お付き合いをしている彼は、出会った時に余命一年で、あと半年以内に他界する。
身内と一切付き合っていない彼は、自分の部屋を引き払い、わたしの部屋に住み出した。
彼が作れる料理は、フレンチトーストだけだった。けれど、卵液にコンデンスミルクを混ぜたそれには独特のおいしさがあり、病みつきになりそうだった。
「これを極めて、フレンチトースト専門の店を開きたいんだ」
彼は会社を辞め、わたしの部屋でフレンチトースト作りに励んだ。
日に日に、彼のフレンチトーストは上手くなっていった。フレンチトーストは食事にもデザートにもなる千変万化な料理だった。
「もともと、少し古くなったパンを再生させる方法だったらしいんだ」
半年経っても彼は元気だった。
わたしは、自分の余命が短いことに気づいた。二人の親和性が高過ぎたのだろう。彼の死を、わたしが急速に吸い上げたのだ。
店の物件候補を、彼がネットで調べ始める。
食パンに生まれぬ命が染み込んで焦げ目はチーターの体の模様
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