第8回】 候補者の名前を絶叫する街宣車に笑いが止まらない!? 海外メディアが見た日本の選挙戦

選挙戦の真っ最中に、海外有力メディアの日本支社長さんたちと日本の選挙について意見交換した。彼らは「頑張っている候補者の皆さんには申し訳ないが、日本の選挙は見ていて笑いが止まらない」と口を揃える。友人もたくさん頑張っているし、かつて自分も候補者としてやってきたことなので、そのように笑われるのはいい気分はしないが、一歩引いて客観的にみれば彼らの言い分もわからなくもない。

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これが21世紀の先進国の選挙なのか?

 選挙戦の真っ最中に、海外有力メディアの日本支社長さんたちと日本の選挙について意見交換した。彼らは「頑張っている候補者の皆さんには申し訳ないが、日本の選挙は見ていて笑いが止まらない」と口を揃える。友人もたくさん頑張っているし、かつて自分も候補者としてやってきたことなので、そのように笑われるのはいい気分はしないが、一歩引いて客観的にみれば彼らの言い分もわからなくもない。

 彼らがまず笑いのネタとして指摘するのは街宣車。いわゆる選挙カーだ。

「テクノロジーとイノベーションの宝庫と言われる日本で、21世紀の今日、大きなスピーカーを付けた車が町中を走り回るというような選挙をやっていることは非常に大きな驚きだ。日本が議会制度を学んだ英国では、選挙カーもポスターもチラシもなく、候補者は選挙期間中の週末に揃って立ち合い演説会をするくらいだ」

 また、「選挙カーを追いかけてみたが、候補者の名前を絶叫して連呼する車が目立つ。政策も哲学も語っていない。いったい何の意味があるのか?」と聞いてくる。

「政策を語っていたら誰の車かわからなくなる。自分がこの車に乗ってこの町まで来たということを知らせるために名前を連呼して走り回るのだ」と経験者の私が答えると、鋭い彼らは「そうか。我々はみなさんのためにこれだけ汗を流して声をからして苦労しています、と有権者に見せるためなのか」と仮説を述べる。まさにこの仮説が当たらずとも遠からずなのだ。そう、選挙は自分の頑張りを見せる機会なのだ。

炎天下に窓を開けて名前連呼する意味は?

 自分でも、初めて出馬した時に選挙戦を経験して、街宣車はおかしいと思った。確かに政治は机上の空論ではできないので、頭でっかちの人間が世間を知るために地べたを歩く意味はあると思う。選挙カーは世間知らずの頭でっかちが汗を流して声をからして走り回り、政治家へと変身するトランスフォーメーションプロセスの役割を果たすとの意見があるが、ある意味、そうなのかもしれない。しかし、街宣車が、候補者を政治家に変えていくために最も効果的なものだとは思わない。

 あるいは、また別の役割もあるのかもしれない。政治は古くから「まつりごと」といわれるが、特に地方では、街宣車はまさにお祭りのお神輿のようなものではないか。常にイベントが盛りだくさんの都会と違い、娯楽の少ない田舎では、選挙は数少ないお祭りのような役割を果たしているのかもしれない。まるでお神輿のように、自分たちが推す人を担いでワッショイワッショイと声を上げる。街宣車にはそのような熱気の象徴として機能している面があると思う。神輿に乗る人は担ぐ人たちをその気にさせ続けるために、常に汗をかいて頑張らなければいけないのだ。

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makoratti @kotarotamura 走行中に政策語るのは公職選挙法で禁止されているのでは?>「政策を語っていたら誰の車かわからなくなる。自分がこの車に乗ってこの町まで来たということを知らせるために名前を連呼して走り回るのだ」と私が答えると、、 http://t.co/X8odJPkNR2 5年弱前 replyretweetfavorite