レンダーマンによってピクサーが成長することはできない
週末、スティーブはよく、我が家まで歩いて来た。5分ほどの距離なのだ。
「やあ、ローレンス。散歩に行かないか?」
こう言われるので、一緒にパロアルトの街中をぶらつく。
スティーブほどになれば好きなところに行けるはずだが、彼は、近所でいいらしい。オークの古木や古くてすばらしい家屋があると立ち止まって眺める。新しい家屋に興味を引かれることもあった。大学通りまで足を伸ばし、マルゲリータピザを食べてくることもあった。
散歩中の会話はのんびりしており、ビジネス以外のこともよく話し合った。家族について、政治について、映画について、好きなテレビ番組についてなどだ。ふっとピクサーのビジョンや戦略に話が転じることもあった。
この散歩でレンダーマンの話を出してみた。
「つまり、レンダーマンで得られる多少のお金は捨てがたいが、それで成長することはできない―そういうことかい?」
「そのとおりです」
レンダーマンを売るのをやめる?
スティーブは納得しない。
「業界をリードする製品で、映画を作るのに必要なものなら、値段を上げればいいんじゃないか? 1本3000ドルを6000ドルとかそれこそ1万ドルとか。必要なら払うだろう」
どうしても必要ならそうなるだろうが、大半のプロジェクトでは不要なのが問題だ。
「あの手のソフトウェアではレンダーマンが一番かもしれませんが、やり方はほかにもいろいろとあります。技術的には劣るやり方ですが、でも、選択肢ではあるのです。
そして、コンピューターアニメーションによる特殊効果の制作予算は限られています。スティーブン・スピルバーグが『ジュラシック・パーク』の恐竜を描くとか、ジェームス・キャメロンが『ターミネーター』でサイボーグを描くとかは例外で、普通なら、品質が下がってもよしということになるのです」
スティーブは結論に飛んだ。
「レンダーマンを売るのは止めろと言いたいのかい?」
「かもしれません」
ちょっとぼかした答え方にした。これは大きな決断になるし、いまはまだプッシュしたくないからだ。
「気になっているのは手間です。顧客のサポートに優秀なエンジニアの手が取られています。彼らにはほかの仕事をしてもらったほうがいいかもしれません」
レンダーマンは社内専用とし、販売と顧客サポートに投入している多大な労力を節約したらどうかというのが私の考えだった。
「レンダーマンをどうしようと、成長戦略や株式公開にはまったく影響しません」
スティーブは納得してくれたようだ。
がっかりした様子もない。この件については、このあとも折々検討しなければならない。初手ならこのくらいで十分だろう。
ついに見つけたかもしれない「収益の芽」
ピクサーについて学んでいたころ、しょっちゅうエドと会った。
執務室がすぐ隣ということもあって気軽に話ができたのだ。そして、ピクサーの歴史や文化、技術について多くを教えてもらった。
また、ピクサーの人々と話をしたり議論をしたりした結果、ピクサーが温かくて居心地のよい会社であることもわかってきた。
エドやパムら幹部の尽力によりオープンで家族的な雰囲気になっており、最初こそ新任の最高財務責任者に対して警戒感があったものの、だんだんと打ち解けた話ができるようになっていった。
エドから聞いたことのなかに、レンダーマンの基本的機能を支えるピクサー特許の話があった。
レンダーマンが画期的なのは、モーションブラーという機能があるからだ。そのおかげで、コンピューターで生成したイメージを実写と同じような感じに動かせる。
対して、この機能を使わずコンピューターでイメージを生成すると、くっきりしすぎて違和感が出てしまう。この問題が解決できたから、実写映画の一部にCGを使うことが可能になり、コンピューターによる特殊効果の時代が訪れたのだ。
レンダリングで必ず必要になる機能であり、ピクサーの特許を使わずにこの機能を実装するのは難しい。この特許を侵害している有名どころは2社-マイクロソフトとシリコングラフィックスだ。どちらも、CG業界にワークステーションを大量に提供している大手サプライヤーである。
ついにみつけた、と思った。収益の芽だ。
ライセンス料をとれるかもしれない
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