いだてん』第10回「真夏の夜の夢」〜旅と足袋と孤独

脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、チーフ演出・井上剛と、伝説の朝ドラ「あまちゃん」の制作チームが再結集。大注目のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」第10回「真夏の夜の夢」。ストックホルムに到着し、海外の競合選手に驚愕する四三と弥彦。彼らが見たものとは…。


〈「いだてん」第10回「真夏の夜の夢」あらすじ〉
ストックホルムに到着した四三(中村勘九郎)だが、夜になっても明るい白夜に苦しめられる。大森兵蔵(竹野内 豊)の体調が芳しくないため、四三は弥彦(生田斗真)と共に自分たちだけでトレーニングを開始。だが、外国人選手の多くが、監督の的確な指導のもと複数の選手で一緒になって練習に励む姿を見て、明らかな差と孤独に滅入っていく。ついに正気を失った弥彦がとんでもない行為に……。そのころ、「朝太」になった孝蔵も、円喬(松尾スズキ)の話術を必死に盗もうと取り組むが、そのすごさに圧倒される。(番組公式HPより)


 日曜も月曜も仕事で、火曜の朝ようやく第十回を新幹線の中で見ていた。なんとなく隣に座っている男性がこちらを気にしているのには気づいていたのだが、いよいよ四三が弥彦に馬乗りになったそのとき、電波の具合でオンデマンドが途切れてしまい、いったんPCを閉じたところで、声をかけられた。

 その男性はなんと宮藤官九郎さんに縁のある方で、先日の『ファミリーヒストリー』にも出ておられたのだそうだ。いただいた名刺には宮城県栗原市とある。大正時代に購入された豊田式の小幅動力織機を使って、地織を作っておられるのだという。その織機をいったんばらしてから組み立てる話に始まり、古い織機の歯車のひとつひとつの形のこと、それを作り直すための鋳物のことまでうかがっているうちにみるみる時間が過ぎた。

 結局、降りられるまでお話した。ちょっとじんとしてから、改めてパソコンをネットに接続すると、四三が弥彦に叫び始めた。

ニッポンジン

 タイトル前に「前回のおさらい」をする、というのは連続ドラマでよくあることだが、今回の始まりはいわば「予告編のおさらい」。生田斗真演じる三島弥彦が窓からまさに飛び降りんとしている、という予告編で見た光景をちらと見せておいて、「真相はタイトルのあと」と志ん生が引き取る。噺家の語りの活きる演出だ。

 旅は人を大人にする。四三が嘉納治五郎先生宛てにしたためた手紙の中身は、まるで遠い故郷の父親にこちらの暮らしぶりを知らせるような、落ち着いた文面だ。落ち着いている分、四三の孤独は深まっている。

 マラソンの練習は三里、四里の道を走る。スタート地点から、遠くまで行く。練習の間、自分と並走するランナーを見ることはほとんどない。一方、短距離では、スタートして走り抜けるたび、一緒に西洋人との差を何度も見せつけられる。はじめは四三を促すようにフィールドに出ていた弥彦だったが、次第にふさぎこむようになった。練習を指導するはずの大森兵蔵も肺病がひどく部屋から出てこなくなった。旅の最初の頃は、彼らにすがるようだった四三が、いまでは一人、このチームの行く末を案じている。「孤軍奮闘なり」。

 明るい兆しもある。仏頂面のライバル、ラザロはカーペンターだった。足袋をプレゼントすると、抱きしめられた。ランナーたちから足袋を求められた。チャーミングな通訳のダニエルとの間にも、静かな友情が芽生えつつある。だからわたしは、たとえ弥彦が落ち込んでも、四三はコスモポリタンの精神を芽生えさせるのだと思っていた。しかしそうではなかった。そんな余裕は四三にはなかったのだ。

 落ち込んでいる弥彦には「精いっぱいやれば、それでよかですよ」という明るい励ましも、届かない。白夜は夜が短くて、夢に届かない。立てば便器が高すぎる。座れば便座が高すぎる。高すぎて、弥彦の足が届かない。スリッパを履いても届かない。西洋人の体躯は大きすぎて、どのチームも人が多くて、何もかも届かない気がする。窓枠だって高すぎる。その高すぎる窓際に踏み台を置いてまでして、弥彦は飛び降りようとする。力づくで弥彦を押しとどめた四三に、もはやすがる理屈はほとんど残されていない。弥彦の体の上にまたがって、絞り出すように出した理屈は「日本人」だった。

 「三島さん! 我らの一歩は、日本人の一歩ばい! 速かろうが遅かろうが、我らの一歩には意味のあるったい!」

選ばれた「君が代」

 ようやく弥彦が立ち直り、大森夫妻もフィールドに現れるようになった。四三は水浴びを再開した。Vatten。スウェーデンの花を摘んで短歌をよむ余裕すら出てきた。「金栗さん、やさしい」いつも自転車で並走してくれるダニエルが言う。だからわたしはまたしても油断した。四三は、異国の地で走り、異国の人々とことばを交わすことで世界への目を開き始めたのではないかと。夏至祭に集った人々に歌を請われて、睡眠不足の目をこすりながらも、あの快活な『自転車節』を唄うのではないかと。ダニエルに身振り手振りでその歌の意味を説明して、自転車に乗ることを促すのではないかと。そして、「すゑでんの花」と、遠い日本に居る春野スヤの姿が交錯するのではないかと。

 そうではなかった。四三が弥彦と歌い始めたのは『君が代』だった。

 そうか、わたしが甘かった。想い出してみれば、日本での壮行会で『自転車節』を唄ったとき、すでに四三はこの歌とスヤへの思いを断ち切ったのだった。むしろ『君が代』こそ、「我らの一歩は、日本人の一歩ばい!」と叫んだ四三にふさわしい歌に違いなかった。「日本人の一歩」を踏み出すべく、四三は『君が代』を選んだ。もうそうなるしかなかった。しかし、そうなってよかったのだろうか。三叉路に出会ったら右を選ぶ。それでよかったのだろうか。『君が代』のリズムを欠いた曲調は、そして何より、四三の表情、祭りを楽しむどころかむしろ挑むような表情は、ストックホルムの人々を困惑させる。見ているわたしも不穏な気分になる。

 とまどう人々の中で、『君が代』に真っ先に拍手をしたのは、ようやく到着したばかりの治五郎だった。やっと治五郎が来た! 以前の四三なら、涙と鼻汁を流して治五郎を迎え、これまでいかに心細い思いをしてきたか、治五郎がようやく来てくれたことがどんなに心強くありがたいかを告げることができただろう。しかし遅れて到着した治五郎には四三がこれまで味わってきた孤独も弥彦の絶望も届きようがない。そしてそのすべてを打ち明け、おんおんと泣く四三では、もうなくなってしまった。旅は人を大人にする。いまや治五郎の気づいていないものまで、四三は背負っている。涙をこらえようとすればするほど、かえって涙を出せないことの孤独が深くなる。その四三の孤独が、治五郎をじっと見るほんの短いショットに表れている。やはり中村勘九郎はすばらしい役者だと思わずにはいられない。

 夏至祭にたどりついた治五郎は、オリンピックに対しても祭りの気分で構えている。四三の孤独は、コスモポリタンたる治五郎には届かない。プラカードの表記を問われて大森兵蔵は「JAPAN」を提案し、治五郎は鷹揚に「よかろう」と答える。しかし四三は異議を唱える。「ニッポンでお願いします」。

 「我らの一歩は、日本人の一歩ばい!」ということばは、「ニッポン」という音とともにあった。兵蔵も治五郎もいなかったとき、四三はその音によって弥彦を説き、力を得てきた。その大事な音を、四三は譲ることができない。ことばの内容ではなく、発せられる声の音にこそ、ことばの力がある。宮藤官九郎の脚本は、ことばの音の力を書こうとする。それは第一回から一貫してきた態度だ。

 しかし、その力にはどこか不穏なところがある。三叉路に出会ったらことばの音の力を選ぶ。それでよいのだろうか。クドカンは、どうやら、その不穏さ、わたしたちがことばを唱え、ことばの音から力を得ることの光と影まで、描きこもうとしているらしい。

 この原稿をようやく書き上げた夜半過ぎ、ピエール瀧逮捕のニュース。ええ!? 足袋ば、足袋ばどぎゃんすっと!

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細馬宏通

近現代を扱ったNHK大河ドラマとしては33年ぶりとなる「いだてん〜東京オリムピック噺〜」。伝説の朝ドラ「あまちゃん」と同じ制作チーム(脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、演出・井上剛)が、今度は日本人初のオリンピック選手・金栗四三と、6...もっと読む

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コメント

abetomo クドカンのファミリーヒストリーに出ておられたという方が気になる。録画を見直すか。大正時代の豊田式織機もメッチャ気になる…! https://t.co/sZGyOBPKbQ 1年以上前 replyretweetfavorite

kagatake 前回分 >  1年以上前 replyretweetfavorite

kaito_LV https://t.co/cp1QIv0lQa 1年以上前 replyretweetfavorite

yukonya これもいいすよ https://t.co/HA35V9IrLe https://t.co/SlMD4dtdJ5 1年以上前 replyretweetfavorite