未婚者」という言葉をわたしは脱ぎ捨てる

肩凝りをほぐそうと、マッサージサロンを訪れた牧村さん。渡されたお客様カードには、「既婚・未婚」のどちらかに○をつける欄があったそうです。どちらでもない道を選んで生きてきた牧村さんは、「未婚」という言葉について考えていきます。


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肩凝ってマッサージサロンに行って、「こちらにご記入ください」とお客様カードを渡された。「既婚・未婚」どちらかに○をつける欄があった。

肩揉まれるのになんの関係があるんだろ?

って思って、未婚に○をした。マッサージきもちよかった。スッキリしたのでちょっと、頭良さそうなことを今から言おうと思う。

「サピア=ウォーフ仮説」というものがある。

別名を「言語相対性仮説」という。

(キャー! 言ってて気持ちいい〜!)

これは要するに、「人間の考えは言語に操られている」という立場のことだ。「人間が言語を操って考えている」というのではなくて。

人間、「自分は言語に操られている」なんて考え出すと怖くなっちゃうので、このサピア=ウォーフ仮説を提唱した言語学者サピアとウォーフは正味、めっちゃ叩かれた。めっちゃ叩かれたんだけど、叩かれたのはたぶん、逆にみんなドキッとしたという証拠なんだとわたしは思っている。

この現象は言語学のみならず、文学でも扱われている。英国の作家ジョージ・オーウェルは、代表作『1984』において、民衆の言語を権力者がさも「シンプルに便利にしますよ〜」って感じで簡略化していくのだが実はその狙いは民衆の頭まで単純化してしまうことにあったという「ニュースピーク(Newspeak)」を描いている。例えば「bad(悪い)」という言葉を廃止し「ungood(不・良い)」と言わせることで、「不・良い」ことも「不・良いね〜」って言ってるとなんか若干「良い」ような気がしてしまう、っていうぐあいに。

似たようなことは現実世界でもいっぱいある。あたまがよくてえらいひとたちが作る短い言葉には、はっきり言って「ちゃんと考えないやつらをパパッとコントロールしてやろう」という意図が見え隠れすることがある。現状に不満がある層へ「変えて行きましょう!!」、過去にいい思いをした層へ「守り抜きましょう!!」とだけ言うことで選挙に受かっている政治家がどれだけいることか。長々書いたけど、短く言うと、つまりこういうことだ。

短い言葉についてこそ、長く考えたほうがいい。

なぜなら短い言葉こそ、殺傷能力が高いからだ。短い言葉こそ、知らないうちに、脳の奥深くまで侵入してきてしまうからだ。

てなわけで、考えたいのが……マッサージサロンに行ってモミモミしてもらって帰ってここまで千字書いてここまで千字読んでくださったあなたとちゃんと考えたいのが、この短い言葉だ。

「未婚」。

未だ結婚していない、と書く。 丁寧に英訳するとわかりやすい。not married “yet”のニュアンスがひそんでいる。

未婚。この言葉こそ、「みんな結婚したいに決まってる」「みんないつかは結婚するものだ」という価値観を日本社会に浸透させ、マッサージサロンのお客様カードにまで忍び込んできている暗躍者ではないのだろうか?

思えばずっと、わたしの手に馴染む言葉がなかった。

1987年に女として生まれ、1997年に初めて女を愛し、そして2012年にある女性と生きることを決めたとき、彼女のことを銀行の窓口や役所の戸籍課で言うための公式かつ私的にも馴染む名称は、存在しなかった。

「ご主人様でいらっしゃいますか?」

送金手続きの書類に書かれた彼女の名を指差して銀行の人は言った

「同居人となら表記できますが」

彼女とわたしの転入届を手に戸籍課の係の人は言った。

銀行にも戸籍制度にも想定されてこなかった、わたしたちの関係にはやがて、「同性パートナー」という名称があたえられた。だけれど渋谷・世田谷・宝塚など各市区の同性パートナーシップ条例および要項はあくまで各市区のローカルルールであり、それより大きな日本全体のナショナルルール・戸籍法には全く何の影響も及ぼさないので、わたしは公的書類上、つねに“未婚”であり続けた。

未婚。 同性パートナー。

「未だ結婚していない」、「なんかパートナーシップ?LGBT?とかなんかカタカナで言ってるけど海外に影響されたんでしょ?」みたいな日本政府の視線を、日本社会の空気を、わたしは生きた。

ことばがないまま。

だから「脱婚」という言葉に、正直すがっているのかもしれないと思う。

「婚姻制度から離れよう」とわたしに持ちかけ、「面倒な宿題を終わらせた気分だね!」と離婚手続きをすませた、わたしの愛する人。正直「ただの離婚じゃん」って泣いたし、「これは脱婚なんだ」って信じようとすがる自分がみじめだった。けど、なんだろう。離婚手続きがもういつのことだったか忘れるような時間を、マッサージサロンですら「既婚・未婚」の二択を求められ「どっちでもねえなあ」と思いながら生きて、やっと、芽生えた。

「わたしは脱婚者なんだ」という、確信が。

「既婚:(社会制度設計者の想定範囲内で)既に婚姻届を提出したもの」
「未婚:(社会制度設計者の意図に反し)未だ婚姻届を提出していないもの」

どちらでもない道を、わたしは確信を持って選んだのだと思う。

ずっと、未婚者だった。

「いつかお嫁さんになるんだから」と言われ、自分でもそう信じてきた。 幼稚園の時点で既にウエディングドレスでおゆうぎ会の出し物をやらされ、お姫様が王子様と結婚する物語ばかり聞かされて育った。誰のおかげで食えてるんだと妻に威張りちらす夫たちが妻亡き後バスタオル一枚もろくに洗えず、怒鳴られて蹴飛ばされてけなされた妻たちがそれでも離婚しては食べていけないと涙を飲んで耐えている姿を見て育った。30までに子どもを産めだの、自然の摂理に従えだの、産め!産め!の大合唱の中で既に生まれている人たちが生きられなくて大人が過労死し子どもが自殺するのを見て、育った。

そういう中でわたしは、「未婚者です」なんて、「未だ結婚していない人です」だなんて、名乗りたくないのだ。「未だ社会設計者の皆さんの意思に従っていません」みたいな顔を、わたしはしない。夫を亡くした妻のことを、かつては「未亡人」、「未だ亡くなってない人」と失礼すぎる表現で呼んだ。その言い方を百年前の“未亡人”たちが脱ぎ捨ててみせたように、わたしは脱ぐ。「未婚者」という言葉を。わたしは脱ぎ捨てる。「人はいつか結婚するのだ、未だ結婚していない人はみな“未婚者”なのだ」という視線を。

結婚は否定しない。ただ、人を「既婚・未婚」で分けるのは、しかも行政の一手続きである婚姻制度を利用していない人を「未だ結婚していない」「いつか結婚するんでしょ」という視線に晒す「未婚者」という言葉は、やっぱし、ちがくね? と思うのだ。少なくともわたしは名乗らない。マッサージサロンくらいなら、めんどいし肩凝ってるし未婚でいいけど、近所の人が「あなた結婚してるの?」って言ってきた的なシチュエーションなら、しー♡って口の前に人差し指立ててこう言ってみることから始めようかな。

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ハッピーエンドに殺されない

牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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ayakayukitaro いつも内容にどきっとして、読みごたえがあり、うわぁ~~~っとなって、最後には胸にぐっとくる。 牧村さんの伝えてくれていることがすごく好きです。 https://t.co/aXiKcGnu7K 8ヶ月前 replyretweetfavorite

ymzk_10fu |ハッピーエンドに殺されない|牧村朝子|cakes(ケイクス) たしかに既婚かどうか聞く必要ある?って場面で聞かれたりするよなあ フランス語の話も興味深かった〜 https://t.co/5zy1YfqfoT 8ヶ月前 replyretweetfavorite

mori_kananan |牧村朝子 @makimuuuuuu |ハッピーエンドに殺されない フランス語すてき。 結婚だって単なる生き方の1つなのにね… https://t.co/FoOKULm4DL 8ヶ月前 replyretweetfavorite

moxcha フランス語の話。興味深くて面白かった。/https://t.co/58Y2Rc5PpZ 8ヶ月前 replyretweetfavorite