新潟への初乗りは、わいがやります」波濤の果て ー 4

「俺はまだ終わっちゃいねえ!」 江戸時代初期、江戸の町に食糧危機が迫っていた。必要なのは物流革命の切り札「千石船」━━。 息子も居場所も仕事の誇りもすべてを失い、老いにどん底まで追い詰められた男が逆襲する! 『男たちの船出』は、イノベーションの生みだす様々なジレンマを、船大工たちの視点で描いた長編時代小説です。 (火・木 10時更新)

 嘉右衛門たちの仕事が始まった。まずは船造りの態勢作りからだ。

 大工頭の座に嘉右衛門が、それを支える脇頭の座に清九郎が就いた。清九郎は部材の手配から、大工たちの給金の支払いまで裏方仕事を一手に引き受けてくれた。これにより嘉右衛門は現場仕事に集中できる。

 その他の者たちも、それぞれ得意とする分野に振り分けられていった。

 続いて材料の選定が行われた。安乗丸の失敗は佐渡島にある木材だけを使った点にあると、嘉右衛門はにらんでいた。確かに佐渡で取れる木材は良材だが、あらゆる木種があるわけではない。

 また材の強度だけを考えたことも一因だった。材はすべてを頑丈なものばかりにしてしまうと、互いに突っ張り合い、逆に船体構造を弱いものにしてしまう。つまり部位によっては、頑丈な材を吸収する柔軟な材が必要なのだ。

 そうしたことから船体の底部にあたる航には樟を、それにつなげる水押(船首材)と戸立(船尾材)に欅を配した。船梁、上中下の棚、矢倉板には杉を、舵の身木には最も頑丈だが重い樫を、その反面、羽板にはひねりに強い松を、さほど頑丈でなくても構わない垣立などには檜を使うことにした。材には産地まで気を遣い、上物と言われる薩摩・日向・肥後産のものを使うつもりだ。

 七兵衛の本業は材木問屋の上、幕府の後ろ盾があるので、瞬く間に良材を集められる。

 嘉右衛門は皆の知識を結集し、細かい部位に至るまで、どの木種を使うかを検討していった。その結果、各部分に使う木種が決定し、それを大坂にいる七兵衛に伝えた。

 続いて差図の作成が始まった。だがここで嘉右衛門は、はたと立ち止まった。木種によって多少の軽重があるとはいえ、それだけで船全体の軽量化が図れるとは限らない。しかも緊急時の伝馬船を載せるのは七兵衛の厳命なので、常の場合よりも重さはかさむ。

 安乗丸の場合、全員が退避できる一艘の伝馬船を片舷に載せていたので、船全体の均衡が悪化した可能性がある。

 —伝馬は小型の物を二艘、両舷に載せよう。

 それで均衡は改善されるが、一艘の時に比べて一・五倍ほどの重さになる。弥八郎はそれを嫌い、均衡を犠牲にして一艘にしたことが書付の一つによって分かった。それゆえ均衡を取るために、伝馬船を載せていない方の舷側に荷を寄せたが、厳密に重量を量ったわけではないので、あくまで目分量だった。

 —初めから、船は傾いていたかもしれねえ。

 それゆえ伝馬船は、二艘を左右に配置せねばならない。

 そうなると船の軽量化を図るのは、容易なことではない。

 連日、清九郎たちと議論を重ねたが、名案は出てこない。磯平を箯輿あんだ(担架)に乗せて作事場まで運び、議論に加わらせたが、磯平も塩飽で育った大工であり、そう容易に塩飽の船造りから逸脱した考えは浮かんでこない。

 日は西に傾き、日没が迫っていた。

「省ける部分の構造を省いたらどうだろう」

 清九郎の問いに嘉右衛門が答える。

「二百五十石積みも五百石積みも、無駄な構造物など一切ない」

「やはり、そうか」

 磯平が横になったまま言う。

「お頭、船の重さを軽くするには、上中下の船梁を何とかするしかありません」

 船梁は、船腹に左右から掛かる力を支えるための心張り棒のような役割を果たしている。

 —確かに船梁しかないかもしれない。

 それは嘉右衛門も気づいていたが、船梁を少なくすれば、左右から大波を食らった際に折れてしまい、船体が砕け散る可能性がある。

 清九郎が言う。

「ただでさえ空洞のでかい千石船だ。中をがらんどうにしたら、波の力で瞬く間にひねりつぶされちまう」

「船体が重いままでは、舵を大きくするしかありません」

「それはできねえ」

 磯平の提案を嘉右衛門が一蹴する。

「でかすぎる舵は、羽板が吹っ飛びやすい」

「ではどうすれば—」

 重い沈黙が垂れ込める。それを嫌うように嘉右衛門が言った。

「一服してくる」

 外に出ると、すでに夕日が沈もうとしていた。宿根木の家々は朱色に染まり、空を見上げると、気の早い海鳥が巣に帰っていくのが見える。

 —少し歩くか。

 嘉右衛門は浜の方ではなく、寺社が固まってある宿根木の北西に足を向けた。

 ここには、北から称光寺、長松院、白山社、法受院、歓喜院といった寺社が並んでいる。

 塩飽の牛島同様、宿根木も海に面した村なので、海の恐ろしさを熟知している分、信仰心のあつい人々が多い。それが狭い村にもかかわらず、これだけの寺社がある理由なのだろう。とくに白山社には、社殿とは不相応に大きい鳥居がある。

 それを見るとはなしに見ていると、背後から声が掛かった。

「塩飽の頭じゃありませんか」

 振り向くと、山菜や兎を携えた孫四郎が立っていた。佐渡では米が少ししか穫れない上、ここ数年、穀物全体が不作なので、山菜を拾いながら山に入り、山に住む猟師から兎を買ってきたらしい。

「ああ、孫四郎さんか」

「その節は—」

「もういいよ。済んだことだ」

「そう言っていただけると、心の重荷が少し軽くなります。ところで今日は何の用で」

「いや、何となく歩いていただけだ」

 嘉右衛門は煙草を吸おうと外に出たことを思い出し、煙草入れから煙管を取り出し火皿に煙草を詰めると、紫煙を吐き出した。

「立派でしょう」

「何がだい」

「この鳥居ですよ」

「ああ、そうだな」

 嘉右衛門は鳥居などに興味がないので、生返事をした。

「鳥居は簡素で壊れそうな形をしていますが、実は、この形だから倒れにくいと言います」

「ほう」

「一見、上部が重そうで不安定に見えますが、上部をげたにしているので、両脚に上部の重さが均等に伝わります。それが安定を生んでいるそうです」

「そうかい」

 嘉右衛門は、鳥居のうんちくを得意げに語る孫四郎が少し鬱陶しくなってきた。

「もちろんりよう鳥居という四つ脚や六つ脚の鳥居の方が安定するのは確かですが、そうなると材も多く必要になり、金が掛かります。それでいつしか、二本脚でも倒れにくいこの形が考え出されたらしいんです」

「いろいろ教えてくれてありがとよ。じゃあ、そろそろ戻るとするわ」

「余計な話をしてすいませんでした」

 嘉右衛門が踵を返しつつ、「いいってことよ」と言った時、何かが閃いた。

「孫四郎さん」

「へい」

「神社の鳥居は必要最小限の材で、しかも倒れないようにできていると言うんだな」

「はい。おおでも来ない限り倒れないと、ここのぐうから聞きました」

「つまり、上部の重さを均等に両脚に伝えているから、なかなか倒れねえんだな」

「それはそうですが、もちろんこの二つの脚の根元部分にくついしというものがあり、それが土台となって鳥居を支えています」

「ということは、根元をしっかりさせれば、よつあしにする必要はねえんだな」

「はい。そういうことになりますが—」

「そうか、ありがとよ」

 嘉右衛門の頭の中で、先ほどの閃きが形を成し始めていた。

 —こいつは行けるかもしれねえ。

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男たちの船出

伊東 潤
光文社
2018-10-30

コルク

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