「あんたが弥八郎の親父さんか」
「わいが塩飽の嘉右衛門だ。あんたが清九郎さんだな」
その丸く日焼けした顔や節くれ立った指を見れば、その男が長く大工をやってきたと分かる。
「ああ、宿根木の清九郎だ」
二人が視線を絡ませる。
「よろしくな」
「こちらこそ」
挨拶はそれだけだった。職人というのは、相手の顔と指を見ればその熟練の度合いが分かるので、自己紹介など要らない。
双方の大工たちも互いに頭を下げて、今後の健闘を誓い合った。
七兵衛が塩飽での顚末を書状に書き、清九郎に知らせてくれたので、佐渡の人々も塩飽衆の受け入れ態勢を整えていてくれた。
この時、七兵衛は大坂で船材の手配を始めており、佐渡には来ていない。
続いて清九郎は、「まず、連れていきたいところがある」と言って先に立って歩き出した。
そこは、宿根木東端の渡海弁天のある岬の突端だった。
「嘉右衛門さん、この程度の物しか造れなかったが、よかったら拝んでくれよ」
そこには小さな墓石があり、その石面には「塩飽の弥八郎魂殿」と刻まれていた。
「これが弥八郎の墓か」
「ああ、そうだ」
「何とお礼を言っていいか——」と言って墓石の前にひざまずいた嘉右衛門は、それを愛でるように撫でた。むろん墓の中には何も入っていない。しかし嘉右衛門は佐渡の人々の弥八郎への思いを知り、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
「急だったので、こんなものしか造れなかったが、河村屋さんが、いつか立派な墓を建ててくれると言っていた」
嘉右衛門が首を左右に振る。
「墓はこれで十分だ。金は船に掛けてくれ」
「その気持ちは分かる。だからと言って供養をしてやらないと——」
「いや、墓の中の弥八郎がそう言ってるんだ」
清九郎の顔色が変わる。
「そうか。あんたには聞こえるんだな」
「ああ。奴のことは、わいが一番よく知っているからな」
「分かった」と言って、清九郎がうなずく。
「墓参りが終わったら、うちの作事場で、遭難した時の状況を一緒に乗っていた者たちに語らせる。うちの息子も乗っていたからな」
「そうか、あんたの息子は助かったんだな」
「すまない」
「何を言ってやがる。わいはよかったと思っている。もしもあんたの息子が死んで、弥八郎が生きていたら、わいは——」
墓石を摑む嘉右衛門の手に力が入る。
「弥八郎を殺さねばならなかった」
その言葉に、そこにいた者すべてが沈黙した。嘉右衛門の覚悟のほどを知ったのだ。
「嘉右衛門さん、あんたの気持ちは分かった。まずは作事場で話を聞いてくれ」
「待ってくれ。その前に、塩飽から来た磯平という男が馬鹿なことをしたと聞いたが」
「ああ、鑿で腹を突いた」
「まずは、磯平に会わせてくれないか」
「分かったよ。ついてきな」
宿根木の家々の間を縫い、小さな家の前に立った清九郎は、「磯平さんは動けないほど重い傷だ。だから入るのは嘉右衛門さんだけにしてくれ」と言って、同行してきた者たちを先に作事場に案内しようとした。だが皆は、「ここで待つ」と言って聞かない。
清九郎は呆れたように首を左右に振ると、「清九郎だ」と言って中に入っていった。
そこに磯平の女房が出てきた。清九郎の背後に嘉右衛門の姿を認めた女房が涙声で言う。
「あっ、お頭、本当にいらしたんですね」
「それより磯平の具合はどうだ」
「よくはないですが、命に別状はないと聞いています」
「そいつはよかった。会わせてくれるかい」
「もちろんです。どうぞこちらへ」
女房の案内で奥の間に入ると、磯平が横たわっていた。
嘉右衛門の姿を認めると、磯平は涙声で言った。
「ああ、お頭、何とお詫びしていいか」
「この馬鹿野郎!」
嘉右衛門の一喝が轟く。
「ああ、申し訳ありません。わいがもっとしっかりしていれば、ぼんを安乗丸に乗せることはなかったんです」
「わいが怒っているのは、弥八郎が死んだからじゃねえ。弔い合戦もせずに腹を切ったお前に腹を立てているんだ!」
「でも、わいがあの船に乗っていれば、ぼんは死なずに済んだんです」
「いい加減にしろ。お前は塩飽の男じゃねえのか!」
「お、お頭——」
磯平の目頭から熱いものが流れる。
「前を歩いている奴が倒れたら、黙って自分が前に立つ。それが塩飽の男ってもんじゃねえか!」
「お頭、わいが間違っていました。ぼんの死を聞いた時、死んでお詫びしようと、ついやっちまったんです」
「そうだったのか。では傷が癒えたら、黙って前に立てるんだな」
「もちろんです。わいが皆の露払いとなります!」
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