運命の海峡|1ー4

戦後、BC級戦犯裁判で浮かび上がった、驚愕の真実。法の正義はどこにあるのか──。一人の若き弁護士が、“勝者なき裁判”に挑む。昭和19年3月、大日本帝国海軍の重巡洋艦「久慈」は、インド洋でイギリス商船「ダートマス号」を撃沈。救助した捕虜を殺害した。戦犯弁護人として香港にやってきた若手弁護士の鮫島は、裁判資料を読み込むうちに、この事件の──大日本帝国海軍の──抱える闇に気づいていく。圧巻の歴史小説!(水・金 10時更新)

 翌日も河合の部屋に閉じ籠もり、この事件、いわゆる「ダートマス・ケース」の背景や概要を把握する作業が続いた。

 河合はさくらという通訳を同席させ、彼に英文の素読をさせてから日本語訳をさせた。鮫島も英文に疲れてきたので、一緒に聞くことにした。

 今日は、重巡洋艦「妙義」に座乗する第十六戦隊司令官・五十嵐中将の公判調書と宣誓供述書を読むことになった。

 桜井がすでに知っていたかのように言う。

「昭和十八年(一九四三)九月、五十嵐俊樹中将は、海軍省人事局から南西方面艦隊に所属する第十六戦隊司令官に任命されました」

「昭和十八年といえば日米開戦から二年か」

 河合が口を挟んだが、桜井は構わず続けた。

「主に水雷を専門としていた五十嵐中将は、これまで戦艦の通信長、水雷戦隊参謀、同司令官、まいづる鎮守府参謀長といった役職を歴任してきました」

 つい経歴書の先を読んでしまった鮫島が、独り言のように言う。

「開戦時はタイ国大使館附武官としてバンコクに駐在し、タイ国に入ってくる連合国の情報を集める任務に従事していたのか。いわゆる諜報活動を担当していたんだな」

 河合がうなずきながら言う。

「だが、優秀な上に実戦経験のある五十嵐を、後方でのんびりさせているわけにもいかず、前線に出したというわけか」

 昭和十七年(一九四二)六月のミッドウェイ海戦での敗北以降、日本軍の旗色は悪くなり、翌年二月には日本軍の一大拠点にしようとしていたガダルカナル島が陥落するなどして、戦況は悪化の一途をたどっていた。

 そうした中、マレー半島北西部のペナンに司令部を置く南西方面艦隊は、ジャワ海、アンダマン海、インド洋という、これまであまり戦闘のない海域を担当していたこともあり、南方の島々への兵員・物資の輸送と警戒が主な任務だった。そのため「遊覧艦隊」などとされていたが、戦況の悪化に伴って連合国軍の侵攻を受けるのは必至となり、急速に艦船と人員の強化がなされようとしていた。タイ国での諜報活動で顕著な業績を上げた五十嵐も、その方針に沿って抜擢されたのだ。

 ──つまり、諜報活動どころではなくなっていたわけか。

 諜報活動がいかに大切か、また諜報活動にこそ最も優秀な将官を配置すべきことは、当時の海軍も分かっていたはずだが、背に腹は代えられなくなったのだ。

 河合がため息交じりに言う。

「つまり五十嵐中将は、後方からポンと前に出され、この事件に遭遇したんだな」

 桜井が珍しく私見を挟む。

「どうやらそのようです。不運な方ですね」

 鮫島が書類を置くと言った。

「ここからは事件の核心だな。桜井君、続けてくれ」

「はい」と答えるや、桜井が公判調書を読み始めた。


 第十六戦隊司令官拝命後、五十嵐は日本を発ち、台北、マニラ、シンガポールを経て、南西方面艦隊司令部のあるペナンに着いた。

 南西方面艦隊司令長官のしのろう中将は、欧米風に両手を広げて五十嵐を迎えてくれた。同艦隊司令部参謀長のやまけん中将も一緒だ。

「お久しぶりです」

 五十嵐は二人とは旧知だった。

「君が来ると聞いて、うれしかったよ」

 篠田が人のよさそうな笑みを浮かべる。同じ中将ながら篠田は海兵三十五期で、四十期の五十嵐よりも五期上である。

「君なら安心だ」

 小山も満面に笑みを浮かべる。小山は三十七期だった。

 篠田は五・一五事件の判士長(裁判長)を務めた時、一人も刑死者を出さなかった温和な人物として知られていた。その後、四年近い駐英武官の経験によって親米英派となり、開戦に断固反対したことから、「はしらじま艦隊」と呼ばれた第一艦隊司令長官、続いて「遊覧艦隊」と揶揄された南西方面艦隊司令長官に追いやられていた。ちなみに「柱島艦隊」とは、旧式戦艦中心のため作戦行動の機会が少なく、柱島泊地に停泊したままだった第一艦隊を揶揄した呼び方である。

 参謀長の小山が、事前に五十嵐に送っていた「作戦命令」を補足する。

「海軍の補助艦艇および輸送船舶は、開戦から二年で百八十万トンも沈められた。それゆえ、それらの艦艇は必要数の三分の一にまで減っている。海上部隊が印豪間の海上交通線を破壊し、敵の補給を弱めると同時に、輸送船や貨物船といった艦艇の不足をカバーするため、敵船の拿捕をしてもらうことになった。むろんお目当ては船だけではない。船に載せてある物資もいただく」

 インド洋には、オーストラリアのパースから英領セイロンを結ぶ交通線があり、それがえんしようルート(中国の蔣介石軍を支援する輸送路)を支えていた。

 ──ようやく前線に帰ってこられたと思ったら、こんな仕事か。

 落胆を隠しつつ、五十嵐が確認する。

「つまり敵の交通線を破壊すると同時に、敵商船を拿捕するということですね」

「そうだ。ここペナンにはドイツ軍のUボートの補給基地もできた。彼らとの共同作戦も目前だ。だが潜水艦では商船の拿捕はできない。Uボートに沈められる前に、一隻でも多く敵の艦艇をいただいておこうというのが、軍令部の思惑だ」

 ドイツ軍は日本軍と共同してインド洋制圧を画策しており、ペナン島にUボートの補給基地を設営するほど力を入れていた。日本軍も同島に大規模な潜水艦基地を造り、日独の共同作戦が現実味を帯び始めていた。

「この『作戦命令』によると、『敵船ハ之ヲ拿捕シ 状況ヤムヲ得ザル場合之ヲ撃沈スベシ』とありますが、『状況ヤムヲ得ザル場合』とは、どのような場合を想定しておられるのですか」

 しばし考えた末、小山が言った。

「敵が抵抗したり、逃走を図ったりした場合だろうな」

「敵の商船は巡洋艦に捕捉されても、逃げ切れると思っているのですか」

「それは分からん。近くに味方の艦船がいる場合を除いて、そんなことはあり得ないと思うが」

「しかし作戦海域は、ココス島の南二百海里(約三百七十キロメートル)も南ですね。敵の交通路は、さらに南になるはずです。そんなところで拿捕しても、敵船を曳航してくるのは至難の業ですよ」

 インド洋は世界でも屈指の荒海として知られており、曳航作業の困難さは想像にかたくない。仮にうまくいったとしても、敵の交通線の近くでは、潜水艦の攻撃を受ける可能性が高い。

 篠田の言葉に感情が籠もる。

「それは分かっている。だが軍令部は机上で作戦を立てており、現場の苦労など知るよしもない」

 その一言で、この作戦に無理があると思っているのは五十嵐だけではないと分かった。

 命令書を眺めていて、さらに疑問がわいた。

「ここに『捕虜ハ努メテ之ヲ獲得スルモノトス』とありますが、拿捕した場合は当然ですが、撃沈した場合、捕虜を救助するということでよろしいですね」

 何げなく聞いた質問だったが、二人の顔には当惑の色が見えた。

「その件については、別に『口達覚書』というものが出ている」

 小山が別の書類を差し出す。

 ──これは、どういうことだ。

 一読した五十嵐は愕然とした。

 そこには、「船舶の拿捕および情報を得るために必要最低数の捕虜を除く、すべての捕虜を処分すること」と書かれていた。

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真実の航跡

伊東潤

一人の若き弁護士が、“勝者なき裁判”に挑む。圧巻の歴史小説! 太平洋戦争中に起きた非道な捕虜殺害事件。 戦後、BC級戦犯裁判で浮かび上がった、驚愕の真実。 法の正義はどこにあるのか――。 昭和19年3月、大日本帝国海軍...もっと読む

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