あなたの小説を私が届けます』枝折の言葉に心動かされた漣野は!?

【第25回】
「あなたの小説を私が読者に届けます」枝折の言葉に漣野はもう一度、小説に取り組む勇気が生まれた。枝折に報いるため、電書テロではない、本当に書きたいものに全力投球すべく机に向かう漣野に、年上の盟友・官能系作家の南雲から不意に呼び出しがかかる。南雲が切り出した意外な用件とは?

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら変貌する出版界の明日を占うお仕事小説。

◆枝折の言葉が漣野を奮い起こさせた! 

 部屋に戻って机に向かった。春日(かすが)に渡された原稿を開いて確認する。多くの赤が入っている。しかし、それらは本質的なものではない。問題を潰して修正を重ねても、水準以上の作品にはならない。単に瑕疵が少ない作品になるだけだ。

 もっと抜本的にメスを入れなければならない。全てを書き直す気で再構築する必要がある。

 漣野(れんの)は紙の束を手に持ち、大量の付箋のついたページをめくる。最大の失敗は、届けたい思いを込めていなかったことだ。技術だけで空疎な言葉を並べていた。

 自分が書く意味がどこにあるのか。自分はなぜ書いているのか。

 紙の束を裏返して、大幅に改変したプロットを書く。キャラクターを差し替え、話を変えて、あるべき姿に構築し直す。

 性別を超えた友情をテーマにした小説。心が繫がることを中心に置いた物語。

 日が暮れるまで何枚もメモを書き、話の骨格が定まってきた。床一面にメモを広げ、頭の中を整理していく。いくつもの書き込みの中から、本質的な部分をすくい上げて物語をまとめていく。

 夜になり、お腹が減った。一階に下り、冷凍食品を温めて食べる。料理を作る時間が勿体なかった。少しでも早く、執筆に取りかかりたかった。

 漣野は二階に戻る。パソコンの前に座り、原稿を開く。一時間ほど作業をして、メールをチェックした。春日から、今日の打ち合わせについてのメールが届いていた。

 しばらく悩んだあと、実名の入った電書テロリストの原稿を開く。紙の本が出なくなった顚末を、恨みとともに書いたものだ。

 自分は物語を、誰に届けたかったのか。
 いったいなにを書きたかったのか。

 南雲は言っていた。虚構で現実を凌駕する。それこそが、小説家が小説を書くべき理由だと。

 小説に出てくる実在の人物の名前を削る。春日の名前も本文から消え失せる。個人への恨みは、伝えたいことと関係ない。ファイルを上書きして閉じる。この原稿を、世に出すことはないだろう。自分は届けたい言葉を小説に託す。

 漣野は原稿に戻る。大量の文字を入力していく。
 腕が疲れて肩が痛くなってきた。メールに戻り、春日への返信の文面を考える。

 —今、一から書き直しています。次は傑作になります。

 漣野は再び原稿に向かう。胸のうちに情熱が蘇っていた。

 自分の小説で、他人を振り向かせたい。切れた縁を繫ぎ直したい。そのために読者の心を震わせる作品を作る。

 漣野は思いを込めた文字を吐き出していく。虚構の力を信じて、物語を紡ぎだしていく。


◆ミュージカル・チェアーズ


 十二月の中旬、今日は品川までやって来ている。普段家に引きこもっているから、たまの外出では気温の変化に驚く。外はもうすっかり冬になっていた。

 春日と会い、小説に大なたを振るって以来、少しずつ気持ちが前向きになってきた。

 —会って話したいことがある。

 今日は南雲(なぐも)に誘われてこの場所を訪れた。ずっとメールを無視していたが、今なら向かい合えると思い返信した。

 約束の喫茶店に入り、南雲の姿を探す。店は古くからこの場所にあるのだろう。商談によく使われていそうな落ち着いた雰囲気だ。

 深い椅子と丸テーブルが並ぶ店の奥に、南雲ともう一人の男の姿があった。同席の男は、南雲よりわずかに若いようだ。くたびれたスーツを着ており、お世辞にも金があるようには見えなかった。

「南雲さん、こちらの方は?」

 同席者がいるとは聞いていなかった。誰なのかと警戒しながら尋ねる。

「霜月(しもつき)さんです」

 南雲と霜月は立ち上がる。

「初めまして漣野さん。碧文社の霜月です」

 霜月は名刺を出して、にこやかに挨拶した。
 出版社の人間。新しい場所から本を出すという話だろうか。

「霜月さんは、私が最後にサラリーマンをしていた時の社長だった人です」

「いやあ、あの時はすみませんね。まさか二度も倒産するとは思いませんでしたよ」

「会社を作るたびに、社名に色を入れているという変わった方で」

「最初は黄竜出版、次は桃花書房、そして今は碧文社。黄竜出版の頃は、バブルでけっこう儲かったんですけどね。今は、しょぼしょぼです」

 頭を撫でながら霜月は言う。

「それで南雲さん。こちらの漣野さんとお二人で、出版社を立ち上げるんですよね」

「えっ」

 驚いて南雲を見る。

「ええ。印刷資金もないですし、営業の人間もいないですから、電子書籍専門の出版社にする予定です。それで、起業経験が豊富で、最近は電子書籍専門で事業を展開している霜月さんに、アドバイスをいただこうと思い、お呼びしたわけです」

「潰した回数が多いってことは、何度も起業しているわけですからね」

 霜月は苦笑したあと、漣野に語りかける。

「漣野さん。南雲さんと組んで会社を作るのは、ありだと思いますよ。この人、私の会社にいた頃は、営業も編集も印刷の手配も全てやって、一人で雑誌を作っていましたから」

「さすがに今同じことはできませんがね」

 漣野は、南雲と霜月を見比べる。

「あの、それで、南雲さんと組んで会社とは、どういうことですか」

 漣野の問いに、霜月は驚いた顔をする。そして困った表情で南雲を見た。

「お人が悪いですね南雲さん。こういうサプライズは、漣野さんがお気を悪くされますよ」

「正直に伝えたら、来てくれないだろうと思いましたので。こういう重要な話は、電話やメールではなく、きちんと会って話したいじゃないですか」

 南雲は飄々とした様子で言う。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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