若者も年寄りも、冒険に出かけよう! でも、まずは準備から…

先日、ヒッチハイクでアメリカを横断しようと試みた日本人の中学生が話題になりました。アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんは、この中学生の冒険に疑問を抱きつつも、若者も老人も、徹底した計画と準備をした上で積極的に冒険の旅に出て欲しいと、自身の体験を踏まえつつ語ります。

冒険は他人のためでなく、自分のためにするもの

最近、ヒッチハイクでアメリカを横断しようと試みた中学生がソーシャルメディアで炎上していた。当時の彼のツイートなどを読んだが、確かにかなり軽率だった。多額の現金を持ち歩き、それを誰もが読めるソーシャルメディアで公表し、「マイナス23℃まで耐えられる寝袋」があるから「ホームレスになっても大丈夫」と冬のさなかにスタートしたことなど、リスクを軽く見すぎていることは明らかだった。

アメリカでは体感温度がマイナス30℃やマイナス40℃になる場所はいくらでもあるし、場所によってはひとりで路上に寝たりしたら凍死する前に強奪、レイプ、リンチの犠牲者になる。ヒッチハイクそのものを禁じている州もあるし、その他の州でもそれぞれに複雑な法がある。少年がヒッチハイクをスタートしたカリフォリニアにはセックスワーカーが道端に立って客引きをするのを禁じる法があるのだが、ヒッチハイクで道端に立っていたら売春をしているとみなされる可能性は高い。そもそもアメリカでは一般的に18歳未満の未成年者は両親の許可なしには一人暮らしが許されておらず、中学生がひとりでウロウロしていたら「家出」とみなされて警察に保護される。こういったことは、インターネットで調べれば簡単にわかったはずなのだ。

多くのアメリカ在住の日本人がソーシャルメディアで発言したのは、批判というよりも、準備不足で無謀な旅を始めた少年の安全を心底心配していたからだった。

結果的に彼はスタートして間もなく警察に保護されて日本に帰国したようで、事の成り行きを見守っていた人たちはほっと胸をなでおろしたようだ。

この件は無事に収まったが、これまでも海外を旅する日本人が事件に巻き込まれたり、殺されたりするたびにネットで話題になってきた。心配する気持ちはわかるが、それが過剰な批判にエスカレートして、当事者以外の若者への「冒険するな」というメッセージに変わってしまうことは残念でならない。

私を含めて、現在海外で暮らしている日本人の多くは「冒険」の経験者だ。バックパックひとつの旅だけでなく、異国に留学することも、転職も、結婚も、状況によってはリスクが高い「冒険」である。冒険をした人たちは、たいがいの場合、他人に「冒険をするな」とは言わない。なぜなら、冒険したからこそ現在の自分があることを知っているからだ。

けれども、ソーシャルメディア時代の「冒険」の問題は、インスタグラムなどで「いいね」を沢山もらえるような、ドラマチックで見栄えが良い目標に飛びつきたくなることかもしれない。冒頭の少年も「たくさんの人に勇気や夢を与えたい」といった意気込みを書いていたが、最近ではテレビの感動番組の影響もあるのか、そういったスローガンをよく目にする。でも、冒険ってそういうものなのだろうか?

「冒険」とは、誰から反対されても、自分がどうしてもやりたいからリスクを覚悟であえてするものだと私は思うのだ。けっこう他人に迷惑をかけることになるし、それを自覚しつつやるものだ。そのくらいの生意気さがないと、特に日本のように横並びプレッシャーがある国では冒険なんかできない。しかし、ちょっと厳しいかもしれないが、「多くの人に勇気や夢を与える」などといった第三者の視点で自分を評価し、それを言い訳にして他人を利用する自分を正当化するものではないと思う。

冒険とは「自分がやりたいからやる」という純粋に利己的なものだという自覚は実はとても重要だ。私自身がそういう冒険をし続けているからこそ言っておきたい。


冒険は徹底的な準備から

ソーシャルメディアで中学生のアメリカ横断への批判が高まってきたとき、私は次のようなツイートをした。

“若者から「冒険したい」と言われたら、「やるな」ではなく、「時間をかけて、徹底的に準備するところから始めなさい。経済的にも自分でまかなう覚悟をしたほうが得るものは大きい」とアドバイスします。”

これについて詳しく説明しようと思う。

私の人生を変えた冒険の始まりは、5歳のときに読んだフランシス・ホジソン・バーネット『秘密の花園』(「少年少女世界の名作文学」収録)だった。インドで両親を失った主人公のメアリが、イギリスのヨークシャーに住む叔父にひきとられ、その大きな屋敷で病弱な従弟コリンや動物と話ができるディコンに出会い、過去の悲劇のために閉ざされた花園を一緒に蘇らせるという児童書の古典だ。幼稚園でいじめにあっていた私は3つ年上の姉を真似て自学自習で文字を学び、メアリたちと一緒に秘密の花園に逃げ込んだものだった。そして、「いつかイギリスに行って、秘密の花園がある大きなお屋敷に住む。そして、この全集に描かれている世界を全部旅する」という夢を抱いた。

「イギリスに行くためには英語を話さなければならない」と考えるようになったのは、小学校2年生か3年生の頃で、小学校教師だった母がNHKの「基礎英語」を定期購読をしてくれたのが英語学習の始まりだった。私が子供時代を過ごした1960年代から70年代の田舎町ではほとんどの小学生が「お稽古ごと」として書道とそろばんを学んでいたが、私はどちらにも興味がなかった。そこで、私は母に「書道やそろばんのかわりに英会話教室に通いたい」と提案した。そして、小学校5年生のときから一人でバスに乗って隣町の教会で牧師さんが開いている英語教室に通った。親に提案する前に風呂の中で一生懸命に説得する方法を考えていたのを覚えている。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

ark_B ふむふむ |「冒険」とは、誰から反対されても、自分がどうしてもやりたいからリスクを覚悟であえてするものだと私は思うのだ。けっこう他人に迷惑をかけることになるし、それを自覚しつつやるものだ https://t.co/TElI3R8DwJ 8ヶ月前 replyretweetfavorite

hirohino https://t.co/tBdasyfy8U 8ヶ月前 replyretweetfavorite

skoji > 自分の人生だから、誰のためでもなく、自分のために生きてほしい。 冒険に限らず、そうだよなーと思った。 自分のために生きると「保守的」なひとからは冒険に見えることもある https://t.co/1zVN8oEMb8 8ヶ月前 replyretweetfavorite