九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【みつまめ】

会社を突然クビになった。
どうしたらいいか分からなくて、とりあえず、いつか仕事が暇になったら行こうと決めていた甘味処に入ったのだ。
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 夏の季語のみつまめを冬に食べている降りしきる霙銀の匙に受け



 子供の頃から、みつまめの寒天が嫌いだった。なぜあるのか分からなかった。

 けれど、みつまめの主体は寒天であるかのように、どのみつまめも寒天が占める体積が一番大きかった。

 わたしは求肥が何よりも好きだった。二番目に蜜がかかった白玉だんごが好きだった。だから、その順番で食べていき、いつもみつまめの本体の寒天には全く手をつけなかった。


 十月なのに暑くて、みな半袖を着ているような日だった。白抜きの甘味処の暖簾をくぐり、わたしはみつまめを頼んだ。

 会社を突然クビになった。どうしたらいいか分からなくて、とりあえず、いつか仕事が暇になったら行こうと決めていた甘味処に入ったのだ。

 自分がみつまめの寒天みたいだと思った。何で生きてるのか分からなかった。三谷さんは求肥、是枝くんはエンドウ豆、鈴木さんは白玉だんご、光希ちゃんはミカン、部長がサクランボで部長代理がみつ。わたしは、嵩を増して見せるためだけの、寒天……。

 自分の供養のように、わたしはその日初めて、みつまめの寒天を食べた。

 わたしは、消えたほうがいいのだろうか。

 今日はお母さんの誕生日だ。クビのことを言う訳にはいかない。

 でもいつか。

 十月なのに、遠くのアスファルトの裂け目から、陽炎が湧いていた。いつかあそこに行きたいと思っていた。でも、あの逃げ水に追い付いたら、それは死だろうとも思った。

 わたしは、逃げ水に追い付いた。ここぞとばかり、そこに飛び込んだ。

 地下は、寒天のクッションだった。それらは、今までわたしが食べ残した、みつまめの寒天だった。

 朝起きると昨日が消えていた。もしやと思い会社に行くと、クビにされる前日だった。

 わたしは、そこに滑り込んだ。そしてその日を終えた。

 翌日、わたしはクビを言い渡されなかった。

 その日も十月なのに暑い日で、遠くのアスファルトの裂け目から、陽炎が湧いていた。

 母に電話をして、「お誕生日おめでとう」と告げた。


 寒天は賽の目に切ったアクアリウム逃げ水をひんやり閉じ込めてる


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新潮社
2018-11-16

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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celzephyr すごい好き  約1ヶ月前 replyretweetfavorite