売れるには理由がある

トカゲのおっさん」で暴かれた人間の虚栄心、狡猾さ、惨めさ、偏見

芸人たちをブレイクさせた「出会い」と「チャンス」を描いた「てれびのスキマ」こと戸部田誠さんの新刊『売れるには理由がある』。その発売を記念してお送りする新連載の1回目は「トカゲのおっさん」。37分という長回しでダウンタウンが暴いた人間の虚栄心、狡猾さ、惨めさ、偏見――。現在も傑作コントとの呼び声高い「トカゲのおっさん」を生み出した天才・松本人志と相方・浜田雅功の「信頼」、そして「絆」を読み解く!!

シュールな世界観に散りばめられた虚栄心、滑稽さ、惨めさ

「あれ? どこ行っちゃったんだろう? おじさーん、おじさーん!」

浜田雅功演じる少年・マサが公園で誰かを探している。そこに気だるそうな感じでやってくるのが、松本人志が扮する奇妙な風貌の男。身体はトカゲだが、頭は人間。ハゲたおっさんだ。マサはトカゲのおっさんに「食べて」とコロッケを差し出す。それを食べながら「言うたん?」と聞きにくそうにおっさんが尋ねると「言ってないんだよね……」と申し訳なさそうに答えるマサ。

「言うてないなら言うてないで逆に俺は幸いやと思うてんねん」「どういうこと?」「やっぱりお母さん、納得せえへんと思う」

そうやって理屈をこねだすおっさん。

「そんなの関係ないよ。僕が飼いたいんだから!」

ここまでの会話劇で視聴者はだいたいのふたりの関係性が理解できる。おそらく、マサは捨て犬を見つけるように、一人ぼっちで暮らすトカゲのおっさんに出会い、彼を飼いたいと思うようになった。だが、それを母に言い出すことができない。しかし、おっさんはマサの「飼う」という言葉に引っかかってしまう。

「おっさんと見てるか、トカゲと見てるか、ということやねん」

その後の会話で、父親が3年前に亡くなっていることが明かされる。「僕、パパがいないんだよねえ」と寂しそうなマサに「それと俺とどう関係があんねん」と言うが、言葉とは裏腹に嬉しそうに口元を緩ませる。自分が彼の父親代わりになれるという思いと同時に、母親への性欲を滾らせるのだ。

「ハッキリ言うで。おっさんはお母さんとそういう関係になると思う」

そうしたふたりの会話だけで18分を超えている。ここでようやく3人目の登場人物・ママ(板尾創路)がやってくる。 おっさんは、急によそよそしい態度になりながら、マサに切り出すように促す。

「飼ってもいいかな? 一人ぼっちなんだよ」

犬を飼い始めたばかりだからダメだというママに、おっさんが躊躇いながらも直接語り始める。

トカゲダンスを見せて意気投合したこと、マサから「ずっと一緒だね」と言われたことを説明した上で、お母さんさえいいと言えばすべてが丸く収まるのではないかと。 困惑しているママの元に、彼女の情夫・坂木(ほんこん)がやってきて、やがておっさんと坂木は言い合いになり、ケンカに。坂木は「うまいものでも食いに行こう」とマサに言うと、あっさりマサも「じゃあ、明日また!」とおっさんに言って去っていく。哀しそうなおっさんにママはお金を渡し帰っていくのだ。

37分にわたる長回しコント。それがダウンタウンが中心になって生み出した傑作コントのひとつ「トカゲのおっさん」の第1話だ。以後、全19話が作られた『ごっつええ感じ』(フジテレビ)後期の代表作である。シュールな世界観の中に、人間のどうしようもない虚栄心、狡猾さ、惨めさ、偏見、恥ずかしい部分が散りばめられている。

ダウンタウンのネクストスイッチ

このコントは当初、7分程度の想定で台本やセットが作られていた。しかし、放送はアトランタオリンピックのマラソン中継の真裏。視聴率では惨敗することは目に見えていた。ドライリハーサルを終えカメラリハーサルに移ろうかというとき、松本が「ちょっと相談したいねんけど」と演出の小松純也に切り出した。「ひとつのオンエアを1本のコントでやりたい」と。元々この台本は、決められた設定の中で会話がループしながら話が拡大していくというダウンタウンが得意とする形。だから、それを延ばすことは可能だった。

打ち合わせの際、基本的に浜田は、会話には参加しない。松本がいろいろ考えながら「こうやってな、こうやってな……」というのを何となく聞いている感じだという。けれど、打ち合わせているうち、20分くらい経つと、「どうしよう」と煮詰まってしまった。そのとき、浜田が動き始めるのだ。「松本がこう言うやんか。そうしたら、板尾がこう言い出して俺がこう言うから」と一気に流れを作ってしまうのだ。「ダウンタウンのネクストスイッチが入った瞬間」だったと小松は振り返る【※1】。つまり、松本の発想を浜田が翻訳し、わかりやすく整備していったのだ。

松本人志の相方が浜田雅功になった“分岐点”

思えば、ダウンタウンはそもそもそういうコンビだった。松本は小学4年生の頃から漫才やコントを披露し、クラスメイトを笑わせていた。その頃の“相方”は「伊東」。中学になると浜田を加えた3人で遊ぶようになっていた。そこである事件が起こる。浜田と伊東が殴り合いのケンカをしたのだ。浜田は伊東の頭を壁に打ちつけると「まっつん、もう行こうや」と言った。松本は一瞬迷いながらも、浜田についていった。それが“分岐点”だった、とふたりは言う。そこから松本の“相方”は浜田になった。子供にはありがちな物悲しく少し残酷なエピソードだが、これを松本は好んでよく語る。そこに松本の気質があるのだろう。

ふたりは1期生としてNSCに入学すると、すぐに頭角を現した。彼らの新しいセンスに先輩芸人たちは唸った。その最たる例が、彼らを見て漫才を辞めたという島田紳助だろう。だが、観客はすぐには理解できなかった。それでも若者向けの劇場・心斎橋筋2丁目劇場ができてから彼らの快進撃が始まる。そして、東京進出。だが、やはり東京もすぐには受け入れてくれなかった。だから「大阪に帰りたい」と思うことも一度や二度ではなかった。

松本人志が「天才」であることは誰もが認めることだろう。しかしダウンタウンがこれまでのコンビと決定的に違うのは、ツッコミである浜田雅功もまた天才級の実力者だということだ。けれど、デビュー当時は「あそこのコンビはツッコミが下手」としばしば囁かれていたという。もともと負けず嫌いの性格。「アイツは先輩漫才師のツッコミを見て、それこそ遮二無二、勉強したのだろう」と松本が自著『遺書』に綴っているように、努力で松本との才能の差を埋めていった。

理解し合って笑い合う。その姿こそがダウンタウン

上京直後は、「浜田が前に出ることにより、世間に名を知らしめていく」【※2】という役割分担が自然とできあがっていた。社交的でわかりやすいツッコミをする浜田が前に出ることで、わかりにくく伝わりづらい松本の笑いを伝えていくのだ。たとえば、まだ名前が浸透していない頃、ゴールデンの特番に出たときは、あえて浜田が前面に出ていく。関口宏や山城新伍などの大御所タレントを相手にメンチを切り、胸ぐらをつかみ、頭をはたき、激しくツッコんでいく。傍若無人な生意気な若者。世間にインパクトを与え、名前を売るのだ。「『なんや、あいつら』っていうイメージつけといて、そんで、いざしゃべらしたら、松本が面白いんだっていうふうにもっていきたかった」【※3】と浜田は言う。

松本はダウンタウンの関係性を「まず浜田が林の中にひとりで入っていって、ガーッて木を切り倒して平地にする。そこにオレが行って、家を建てるみたいなもん」【※4】と語っていた。そこには互いの絶対的な信頼感がうかがえる。

浜田は「(松本と)二人で笑っているところが一番の見せ所だと思っている」【※5】と言う。「あっ、ここは笑うんや」とか「他の人は笑うてないのに、何で二人だけでここ笑うねん」という姿こそが面白いはずだと。それは漫才でもコントでも、あるいはバラエティ番組でのスタジオのトークでも変わらない。ふたりでしゃべりながら、理解し合って思わず笑い合う。その姿こそダウンタウンなのだ。

引用出典:【※1】「文春オンライン」2017年5月1日/【※2】ロッキング・オン『松本坊主』(著:松本人志)/【※3】ワニブックス『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 6 軌跡』/【※4】ワニブックス『がんさく』(著:濱田雅功)/【※5】『SWITCH』2012年12月号

(イラスト:花小金井正幸

人気芸人の知られざるブレイク秘話を多数収録!!

売れるには理由がある

戸部田 誠,てれびのスキマ,花小金井 正幸
太田出版
2019-03-26

この連載について

売れるには理由がある

てれびのスキマ(戸部田誠)

ツービート、タモリ、ダウンタウン、さまぁ~ず、オードリー、南海キャンディーズ、古坂大魔王(ピコ太郎)……。あの人気芸人たちをブレイクさせた「出会い」と「チャンス」を描いた「てれびのスキマ」こと戸部田誠さんの新刊『売れるには理由がある』...もっと読む

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tknr_koume |売れるには理由がある|てれびのスキマ(戸部田誠)|cakes(ケイクス) https://t.co/7kxHQzJccX 4ヶ月前 replyretweetfavorite

byyriica 【読んだ】 4ヶ月前 replyretweetfavorite

skull_38jp このネタの深さ素晴らしさをちゃんとわかっていてかつ分析までしてくださる方がいらしてとても嬉しい!! そうよ、そうよ、そうなのよ。 このネタは名作なのよ!! #ダウンタウン #ごっつええ感じ #トカゲのおっさん https://t.co/DUBsXJFPc9 4ヶ月前 replyretweetfavorite

glocalplusme トカゲのおっさんは名作です。 #ダウンタウン https://t.co/0s4nuVzIOU 4ヶ月前 replyretweetfavorite