惑星ピクサーをひとりで探索
最初はとまどってしまったが、少し落ちつくと、この状況を逆手に取れないかと考えるようになった。疑いを避けるには、ああやっぱりと思われるようなことをしないのが一番だ。放っておいてもらえるなら、周りの目にわずらわされることなく好きにできる。ひそかに惑星ピクサーを探索することだってできるだろう。
スティーブには、拙速は避けたい、まずは1~2カ月かけて会社をじっくり理解したいと連絡した。いい顔はされなかった。毎月の赤字補填を早くなんとかしてくれというわけだ。
「それは最優先で考えています。でも、どうやればいいのか、方法をみつけるには時間がかかるのです」
こう訴え、なんとか了解を取りつけた。
幹部一人ひとりに対し、しばらくくっついて歩いてもいいか、会議も、参加するわけではないが同席させてほしい、なにをしているのか質問もさせてほしいと頼むことにした。部下と話をさせてほしいともお願いした。
管理職というのは、普通、ほかの管理職に首を突っこまれるのを嫌う。
私は転職してきたばかりだったおかげで、少なくとも当面はそういう反発を受けずにすむ立場にあった。みな、了承してくれた。
神経をすり減らすアニメーション制作の作業
最初は、あてもなくうろうろすることから始めた。
ソフトウェアエンジニア、制作経理、技術監督、絵コンテアーティストなど、あちこちの人に、なにをしているのか尋ねて歩いたのだ。
すると、すぐ、コンピューターアニメーションの制作がとても複雑な作業であることがわかった。
ワイヤーフレームのコンピューターモデルとして描かれた『トイ・ストーリー』のキャラクターに命を吹き込むのがアニメーターの仕事なのだが、これは神経をすり減らす作業である。
キャラクター各部を1秒24フレーム、フレームごとに少しずつ動かしていくのだ。考えただけで気が遠くなりそうだ。たとえ1秒間でも、歩いたり食べたり、しゃべったり、遊んだりすると、体の部位をどれほど多く動かすことになるのか、考えてみてほしい。
しかも、空間的・時間的に各部が協調するよう動かさなければならない。でも、これ以外、キャラクターに命を吹き込む方法はない。芸術的な技にも驚かされた。目や口の動きをちょっと変えただけで、シーン全体の雰囲気ががらりと変わるのだ。
いろいろと会議にも参加した。
プロダクションの会議。営業の会議。技術的な会議。どの会議もじっと聞くだけだ。いや、よくわからないことを黄色いメモ帳に書きとめていた。たくさん、だ。
コンピューターアニメーションの世界にも専門用語がたくさんある。そういう専門用語も、ピクサーの事業と同じように学ぶ必要があった。
アカデミー賞科学技術賞をとったレンダーマンというプログラム
だんだんとやり方は固まっていった。ピクサーの事業は、レンダーマンソフトウェア、コマーシャルアニメーション、短編アニメーション、そして、『トイ・ストーリー』というコードネームの長編映画と4本の柱がある。
特許もいくつか所有しており、イメージング用コンピューターの製造販売を試みた時期もある(1991年にあきらめた)。商売になる戦略があるとすれば、このあたりのどれか、あるいはその組み合わせになるはずだ。
だから、それぞれについて詳しくならなければならない。手始めはレンダーマンだ。何年も販売してきたソフトウェアパッケージで、ピクサーが誇りとする製品である。
レンダーマンとは、写真に引けを取らない画質のコンピューターイメージを生成するプログラムである。
色、光、影の描写というコンピューターアニメーションにおける大問題を写真や実写映像に匹敵するレベルで解決できる。『ジュラシック・パーク』の恐竜、『ターミネーター2』のサイボーグ、『フォレスト・ガンプ/一期一会』の特殊効果など、話題のシーンを生成したのがレンダーマンで、業界で高く評価されている。
1993年には、アカデミー賞の科学技術賞にも輝いた。これはピクサーが大きな誇りとする成果で、授与されたオスカー像は来訪者の目にとまるよう入口ロビーに飾られている。
開発はエド・キャットムル、ローレン・カーペンター、トム・ポーター、トニー・アポダカ、ダーウィン・ピーチェイで全員がピクサーにとどまっている。彼らは、コンピューターグラフィックス世界の権威として、ピクサーはもちろん、この世界で尊敬を集める存在である。
収益があっても市場が小さすぎる
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