左:はあちゅうさん 右:尾崎世界観さん
音楽活動がつらくて、小説を書き始めた
はあちゅう 尾崎さんとお会いするの楽しみにしてました。小説やエッセイを読ませていただいて、生きづらさのレベルが私と近いなあって思ってて。
尾崎世界観(以下、尾崎) 僕もはあちゅうさんとお話ししてみたかったです。
はあちゅう 尾崎さんって夢を叶えてきた人なのに、どこかもがいている感じがするんです。この人はどうしてこんなに苦しそうなんだろう、って思うこともありました。
尾崎 苦しそう(笑)。
はあちゅう 私、旦那(人気AV男優のしみけんさん)とよく、「生まれ変わったら歌手になりたい」って話すんです。ライブやコンサートだと、お客さん一人ひとりの表情や反応が、すぐ目の前で見えるじゃないですか。それって小説やAVだと叶わないことだから。
尾崎 確かにそうなんですけど、お客さんの熱量がリアルタイムで見えることにも良し悪しがあるんです。はあちゅうさんは「地蔵」という言葉を聞いたことありますか?
はあちゅう 地蔵?
尾崎 お目当てのバンドが登場するとワーッ!と盛り上がるけど、それ以外のバンドが出ているときは、無反応でステージを見ている人たちのことです。
はあちゅう 自分たちがそういう目で見られ続けるとつらいかも。
尾崎 僕はそういう人たちを見ていると、却って創作意欲が湧くんです。負けたくない、と思って。
はあちゅう 曲作りのエネルギーに変わるんですね。小説のほうはどんな思いで書いてたんですか?
尾崎 音楽活動を続けることが苦しいと感じていた時期に、縋るような気持ちで書いていました。当時の僕にとって、小説は音楽活動からの逃げ道だったんです。音楽だと良くも悪くも形にはなるんですけど、小説はすごく難しくて、なかなか形になりませんでした。
夢が叶っても人生はそんなに変わらないし、スタート地点に立っただけ
はあちゅう 歌詞やエッセイを書くのと比べて、小説はどんなところが難しいと感じたんですか?
尾崎 3つのなかだと、歌詞が一番書きやすいです。情報量が少なくて、さらにメロディがあるぶん、足りないものを聴き手が補完してくれるんです。だから100%とまではいかなくても、伝えたいことを届けやすい。一方で、小説は技術も実力もまだまだ足りないから、十分に届けきれてないという感覚があります。
はあちゅう エッセイは歌詞と小説の中間くらいにあるんでしょうか。
尾崎 そうですね。エッセイは比較的伝えたいことを届けやすいです。今の自分に一番馴染んでいる表現方法かもしれません。ただ、小説を書きながらもがく時間は、糧になっていると思います。はあちゅうさんは小説家になるのが夢だったんですよね。
はあちゅう 本になった瞬間、「夢が叶った!」って。でも、だからといって人生が大きく変わるわけでもないんだな、って気づきました。
尾崎 出演したかった番組に出られたり、会いたかった人に会えたり、夢が叶う瞬間はいろいろあるけど、「叶った!」と嬉しくなるのは、ほんの一瞬なんですよね。
はあちゅう たとえば、出版したはいいけど思ったように売れないな、どうしていこうか、とか考えることもあります。次の目標や夢も出てきますしね。叶った夢は未来への踏み台になる、そんなふうにも思います。
尾崎 夢が叶った瞬間がスタートで、その先に嬉しいこともあれば、大変なこともたくさん待っていますからね。
比喩表現を減らした理由
はあちゅう 小説は2冊出されていますよね。書くこと自体は好きですか?
尾崎 思ったことが書けたときは。モヤが晴れてすっきりします。
はあちゅう 尾崎さんの文章ってどこか映像っぽさがあります。
尾崎 そう言っていただけると嬉しいです。ただ、映像的な描写が邪魔をする部分もあって「読みづらい」と言う人もいますね。1冊目の『祐介』のときは、高校生が「こんな意味わかんない本買うんじゃなかった」というツイートをしていました。申し訳ないという気持ちもありますけど、僕がどんな人間かが伝わったのであれば、それでもいいかなと思います。
はあちゅう 独特な比喩表現が高校生にはわかりづらかったのかも。
尾崎 比喩は多用しすぎたと、自分でも思っています。文章を書き始めた頃は、主に文字数を稼ぐ目的で、比喩表現を使っていました。最近は比喩を多く使いすぎないように意識しているつもりです。以前、作家の花村萬月さんと対談させていただいたときに「比喩は比喩でしかない」と言われて、そうだよなあと思いました。
はあちゅう 編集者さんからは、けっこう直しを入れられました?
尾崎 校閲の方は入れてくれますけど。とにかく自由な感じだけど、不安でもありました。はあちゅうさんの『仮想人生』ではどうでしたか?
はあちゅう 版元(幻冬舎)の竹村優子さんと連載媒体「cakes」の加藤貞顕さんと、1.5カ月に一度くらいの頻度で会って、3人で打ち合わせをしていました。ひとりで書いていると煮詰まってしまうことがあるんです。でも、編集者さんと話をすると、道が見えてくることがあります。
ゴールを決めずに、悩みながら書き続ける
尾崎 打ち合わせもコンスタントにしていたんですね。原稿はパソコンで書いていますか? 僕は基本的にiPhoneのメモで書きます。小説も歌詞も全部そうです。
はあちゅう へえ~! 私は机に向かってパソコンで書かないと書けないです。iPhoneって書きやすいですか?
尾崎 打ち込んだ文字が整然と並んでいるのがいいんです。気持ちをフラットに乗せていくと、良い温度感で書ける気がします。
はあちゅう iPhoneってことは、スキマ時間に書いてることが多いんですか?
尾崎 基本的には寝る前に寝転がって書いています。曲も寝ながら作っていますね。
はあちゅう 寝ながら?
尾崎 寝そべっています(笑)。小さいギターを抱えてベッドに入って、寝転んだ状態で曲作りをしているんですけど、そのまま寝ちゃって、ギターがベッドから落ちた音で目覚めることもありますね。
はあちゅう 想像して笑っちゃいました(笑)。ちなみに書くときって、ゴールを決めた上で書いてますか?
尾崎 決めていないです。その場で地面を掘り進めている感覚です。だから執筆途中で止まるんですよ。悩みながら書いています。
はあちゅう 私も同じです。『仮想人生』もゴールを決めずに書いていて、途中で「人妻の美香さん(主人公)がもう少し成長していくほうがいいよね」みたいに方向性を変えたり、当初予定していたキャラクターをひとり消したり、書きながら調整していました。
尾崎 かなり大きく変えた部分はあったんですか?
はあちゅう はじめはナンパ師を中心に書いてたんです。でも、書き進めるうちに女性の主人公が良いのでは? となって、美香中心に書き換えました。『祐介』のときはどうでしたか?
尾崎 後から直しました。僕は規定の文字量をオーバーして書けないタイプなので、削れる箇所がなくて大変でした。
はあちゅう 私も多めには書けないですね。10万字あれば本になると思っているので、それくらいはがんばって書くようにしますけど。
「読めた」「共感できた」の感想に思うこと
尾崎 そういえば、よく思うことがあって、「本は苦手だから普段読めないけど、尾崎さんの小説は読めた」という感想をけっこうもらうんですけど、そもそも、読めたか読めないかの世界なのか、とびっくりするんです。
はあちゅう 共感できたかできないか、っていう感想も多いですよ。個人的には、小説=自分が知らない誰かの人生を知れるもの、だと思ってます。だから「共感できませんでした」と言われても、「共感できない人物の心情を知ることが小説の醍醐味では……?」と思ってしまって。
尾崎 映画のCMで、試写会のお客さんが「泣けたから良い映画だった」という感想を言っているじゃないですか。僕はあれが疑問で。泣けないと良い作品じゃないか、と思ってしまいます。
はあちゅう 泣けたら元が取れた、みたいな感覚があるのかなあ。
尾崎 僕は「あの小説読んだんでしょ。どうだった?」と聞かれた側が、「実際に読まないとわからないよ」という答えしかできない小説こそ、良い作品なんじゃないかと思っていて。『仮想人生』もそういう作品だと思います。『仮想人生』を読んだのをきっかけに、小説というジャンルを手に取るようになる人は多いんじゃないかと感じました。
はあちゅう 普段小説を読まない人が読んでくれて、この本がきっかけになったなら嬉しい反面、責任重大だなとも感じます。
(後編に続く)
構成:池田園子
撮影:塚本弦汰
ヘアメイク(尾崎世界観):谷本慧
後編「物足りなさを抱えながらでも、小説を書き続けたい」は3月14日公開予定。お楽しみに!