非常事態があぶりだす女の本質

小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は森さんの震災の体験談を元に、女性の本質を考えていきます。危機的状況の中で森さんが気づいたこととは何だったのでしょうか?

今年も3月11日がやってきた。

言わずもがな、8年前のこの日、東日本大震災にみまわれた。もう8年も経過したなんて信じられない。

怖くて怖くてしかたがなかった

2011年(平成23年)3月11日の金曜日、私はひとり自宅にいた。忘れもしない、14時46分少し前、近所で飼われていたラブラドールレトリバーのラブちゃんが異様に吠えたのだ。当時、古い一軒家に住んでいた私は、洗濯物とふとんを取り込もうとベランダに出た。「またラブちゃんが吠えてるよ。更年期かねぇ(ラブちゃんは熟女犬だった)」などとうそぶき、鎖につながれたまま暴れるラブちゃんを見下ろしてたのだ。事実、ラブちゃんは昼夜かまわずしょっちゅう吠えまくる犬でわりと迷惑していたが、この時の吠え方は尋常ではなかった。

その直後、足元が揺れ、視界がゆがみ、重心が取れなくなった。ラブちゃんは相変わらず激しく吠え、右往左往している。歩道を歩く人々は明らかに動揺しているし、家から飛び出してきた人もいた。私はふとんを部屋に放り込み、洗濯物を抱えて、頭から布団をかぶった。怖くて怖くてしかたがなかった。何か良くないことが起こったのに、それを認めたくなかった。

布団の中は薄暗かったが、目をあけているのに暗いという状況に耐えきれず、私は目をぎゅっとつぶった。目をとじているから暗いのは当然の事実なので、怖くはない。怖くはないと思い込むには、自分で「普通」の状況をつくるしかない。目をあけたままで「普通ではない」状況を把握したくなかった。人は、緊急事態からはなるべく逃れたいと願うものだ。簡単に現実逃避するには、目をとじて状況をシャットダウンすればいい。たとえ何も変わらないとわかっていても、一時は救われる。

やがて揺れはおさまり、ふとんから顔を出したとたんに、玄関のブザーが鳴った。階下へ降りると、食器棚の食器は倒れ、本やらCDやらが床に落下していた。訪ねてきたのは宅配便の配達人で、顔面蒼白になっていた。「ハンコかサインをお願いします」と言う前に配達員のお兄さんは「すごかったですね」と言った。私も「すごかったですね」とこたえた。

平常心を取り戻した瞬間

誰かと見つめ合い、声を出せば、現実を認めることができる。見も知らずの相手だが、お互いが暗黙の了解で平常心を取り戻した瞬間だった。私は「大きな地震がきても荷物って届くんだな」と妙におかしくなった。やがて日本全体が、おかしいと思わないとやっていられない事態になっていくのだが、非常にデリケートな問題なので詳しくはふれない。皆それぞれ、被災者でもそうでなくても、精神的にあるいは肉体的にもダメージをこうむっただろうから。以下は、あくまで私の個人的見解である。

サバイバルというのは、人間性を変えたり、隠された人間性を如実にあらわすものだ。犬とか猫とか、特に好きでもないし興味もなかった私が、地震を察知したであろうラブラドールレトリバーのラブちゃんを崇拝するはめになった(事実、その後ラブちゃんが少しでも吠えるたびに私は火元を確認したり、机の下にもぐったりした)。どころか、動物達を敬うようになった。

世の中に目を向けてみると、この頃、結婚や婚約、もしくは離婚と、男女の関係性が加速して発展したように見える。ライフラインがストップし、会社や駅に泊まるとか、徒歩で何時間もかけて帰路につくとか、漫画喫茶やホテルに避難するなど、人と人との親密度が一気に高くなったからだ。

私とて、地震直後にやってきた配達員のお兄さんが救世主に見えたほどである。宅配便のお兄さんもまた、私が救いの女神に見えたことだろう(ホントか?)。人は不安や恐怖に駆られると、誰かに頼りたくなるのが常だし、今まであった絆がより大切に思えてくるし、強固にしたくなる。その流れが、ぐずぐずしていた関係からの結婚、いわゆる「震災婚」というヤツだ。

私自身は結婚して数年がたっていたし、結婚を決めたのもほぼ直感というか、「一緒に生活したらおもしろそう(※夫は女装家である)」とわりと安易な理由だった。夫のほうも、似たような感じだろう。妻公認の女装家は稀だそうだから(本人談)、便利かも、と結婚に踏み切ったのかもしれない。東日本大震災は、私達夫婦にとっても結婚生活を見直すいいきっかけになった。

女は命の危機よりも体裁が大事
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アラフィフ作家の迷走性活

森美樹

小説家の森美樹さんは、取材や趣味の場で、性のプロフェッショナルや性への探究心が強い方からさまざまな話を聞くのだそう。森さん自身も20代の頃から性的な縁に事欠かない人生でした。47歳の今、自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する...もっと読む

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