12 林真理子の『儀式』
日中まで光を反射していた高層ビルが先っぽから夕闇に吸い込まれていく。灯の数だけ心地よい気怠さが増えて、また膨らんだ。窓の外で行き交う人々は豹のように牙を尖らせて、今夜の獲物を求めている。通りがかりのデイ・トリッパーなら、この街はどこまでも優しく、そして美しく映る。
私はタクシーの後部座席で、さっきまでの出来事を反芻していた。自分の身に起こったこととは信じがたい。いや、私は確かにドルフィン・ソングのふたりにインタビューをしたのだ。
「こんなに生き生きと話しているふたりを見たのは初めてですよ」
マネージャーは感じ入った声を上げていた。
私は別れ間際に、島本田恋と三沢夢二に伝えた。
「さっきの話、ホントですよ。あなたたちは必ず日本の音楽シーンを変える存在になるし、伝説になります」
夢二がそっと目を伏せる。長い睫毛が目立った。私のほうを見ずに手を振ると、迎えの車の中に吸い込まれていった。
何度となく熟読してきたインタビューのテキストからもわかっていたが、恋は脱力系というか、ふにゃーっとして、どんな質問にもあまり真剣に答えようとはしない。しかし夢二は熱血漢とまでは言わないが、クールに熱い。相手が気に入らないことを口にしたら、論戦も辞さない。人間的には夢二のほうに好感が持てた。
私は自分のことも知ってもらおうと、ロックや映画だけでなく、好きだったテレビ番組やタレントにまで話は及んだが、歳を訊かれたときは言い淀んでしまった。
「おねえさん、俺たちより結構上だよね。そうでなきゃここまで詳しいわけないもん」
負け惜しみのつもりだったのか、恋が意地悪く片頬を吊り上げる。私は適当にごまかした。夢二は関心がないようで、恋と一緒になって、しつこく訊ねてくることはなかった。
しかし、きょうの自分に点数をつけるとしたら、百点満点ではなかろうか。少なくとも、そこらの半可通ではないとアピールすることはできたと思う。問題はこれからだ。次はあるのか。見どころがあると、お坊ちゃまたちに認めてもらえたか。でも、現時点でやれることはやったのだから悔いはない。あ、でも、可愛さを売り込んでおこうと、たまにアヒル口をしてみたのだが、わかってもらえただろうか。そんなことを考えていたら家に着いていた。
目を疑った。家を空けていたのはせいぜい半日だ。なのに部屋は散らかり放題で、煌々と光るテレビを前に、俊太郎が全裸で寝転がっていた。そばにはビールの空き缶と食べかけのつまみ、溶けたアイスと棒。そして読みかけの『ノストラダムスの大予言』by五島勉。テレビのコントにしたってここまでの絵にはならない。へなへなと足元から力が抜けていった。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。