11 カメラ・トーク
いよいよインタビューの時間になった。テーブルを挾んで、私は恋と夢二と向かい合う。この期に及んで、現実感がなかった。本当は口にしたかった。
——やっと会えたね。
頭がおかしいと思われるから必死でこらえる。それに、こんな言葉を口走るような奴はろくでもない。 一方的だったが、初めて出会ったのは女子高生のときだった。なのにいま、やっと巡り会えたのに、私のほうだけ四十を過ぎたおばちゃんになっていようとは。いくらメイクとファッションで誤魔化しても隠しようがない。悲しくてやりきれなかった。
私は雑念を振り払おうと、カセットのテープレコーダーのRECを押した。ノートを開く。そこはこの日のために考えた質問でいっぱいだった。
「それでは始めさせて頂きます。アルバム、もの凄く良かったです! 二月にロンドンでレコーディングされてきたんですよね?」
ファースト・クエスチョンとして無難なものだと思っていたが、夢二の顔は瞬時に不機嫌なものに変わった。鋭い目付きに、恐怖すら感じた。
「だからどうしたっていうんですか」
不穏な空気が場を支配した。同席していたマネージャーと編集者が愛想笑いで場を和ませようとしたが、夢二の表情は変わらない。恋も頬杖をついてそっぽを向いたまま、目線を別のところに向けていた。 編集者が気を利かせて、マネージャーに話を振る。
「でも本当にいいアルバムだと思いましたよ。わかりやすいし、タイアップもついているし、これは売れるんじゃないですか」
よくある社交辞令に過ぎない。だけど恋と夢二にとっては、いちばん気に障る言葉だった。 「恋」 夢二が恋に声をかける。恋が「ああ」と返した。
ふたりは一斉に立ち上がった。私は彼らを見上げる。マネージャーが呼び止めたが、ふたりとも構わず扉のほうに向かった。夢二が石の礫のような言葉を投げつける。
「写真も撮ったからいいでしょ? どうせ適当なことしか書かないんだし」
ドアの前に立つ恋に向かって、私は声をあげた。思ったより大きな声が出て、自分でも驚いた。
「お願いします! 私はおふたりに会いたいと心から願っていました。きょうの取材を楽しみにしていたんです。非礼をお詫びします。インタビューをさせて下さい」
ドアノブにかけた手の動きが止まるのを、私は見逃さなかった。
「毎日たくさんの取材を受けて、〝どうしていつも帽子を被っているんですか?〟とか、〝好きなトレンディードラマは何ですか?〟とか、頭の悪い質問ばかりでいいかげんうんざりだと思います。でも私は音楽の話しかしません。恋さんと夢二さんと、音楽の話をいっぱいさせて下さい」
私は九十度の角度に腰を折り曲げる。これでダメなら土下座だって厭わなかっただろう。静寂の後、ふたりはイスに戻ってきた。安堵の空気が流れる。
胸を撫で下ろすのはまだ早かった。私は彼らの関心を引く質問を迫られているのだから。 だけど自信はあった。唇をギュッと結び直す。
「それでは改めましてよろしくお願いします。アルバムの一曲目は、シングルでもある『無鉄砲とラブアフェア』ですね。Armando Trovajoliの『Seven Golden Men』を彷彿とさせました。お好きなんですか?」
ふたりの顔つきが変わった。武士にたとえるなら、刀を合わせた瞬間、「できる」と思わせた瞬間だった。
「イタリアのマルコ・ヴィカリオ監督作品、『黄金の七人』は日本公開が一九六六年なのでおふたりとも生まれていませんが、子供の頃から御存知だったのでしょうか? それとも大人になって、サントラから入ったクチですか?」
「そうだね。僕も恋も、子供の頃から家が古い映画を観る習慣があって、それに付き合わされて観てはいたんだけど、自分でバイトして小遣いを稼ぐようになって、レコ屋めぐりをしていくうちにサントラのLPを見つけて、そこからかな、アルマンドにのめり込んでいったのは」
夢二が食いついてきた。恋も頷く。私は「よし!」と、心の中でガッツポーズを決めた。
「なるほど。歌詞は鈴木清順の佳作『無鉄砲大将』から引用していますよね。主人公のセリフをまんま使ったりして、清順マニアの私としては嬉しかったです」
「お」
恋が声をあげる。夢二が前のめりになる。
「きみの清順ベスト3は?」
「ベタにいけば『殺しの烙印』『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』でしょうが、極私的には『刺青一代』『河内カルメン』『東京流れ者』ですかね」
「悪くない」
恋が私を指差す。夢二が首を突き出す。
「僕ならそこに『すべてが狂ってる』と『探偵事務所23』を入れるか迷うね」
「『ハイティーンやくざ』を外すなよ」
「どこで観ました? 三百人劇場ですか? それとも大井武蔵野館?」
「いや、うちは親のコネもあって、監督の家に招待されて、全部観せてもらったんだ……」
夢二がぼそぼそと、決まりが悪そうに言う。歌人の父親と清順には交流があった。
「それは羨ましいです。アルバム二曲目のインストですが、Marden Hillの『BACCHUS IS BACK』を換骨奪胎したというか——」
夢二が初めて笑った。素敵な笑顔だった。
「言葉を選ばなくてもいいよ。パクったって率直に言っていいから」
恋も一緒に笑う。さっきまでの凍てついた空気が嘘のようにほぐれてゆき、温かいムードに包まれた。自分たちの音楽のルーツをまったく知らないインタビュアーに飽き飽きしていたふたりが、わずか数分のうちに、気を許してくれたのがわかった。
元ネタを指摘したことで怒らないか、賭けだったが成功した。顔には出さないものの、私も内心どれだけ安堵したかわからない。
「アルバムのトータルイメージというか、ドルフィン・ソングのコンセプトは、WouldBeGoodsの男版というか」
「そりゃ彼女たちはお嬢様というか、ハイソを隠していなかったけど、一緒にされたくないなあ」
夢二の口振りは怒ってはいない。このガールズ・ユニットの話ができて、素直に嬉しいのだろう。唇に笑みを乗せている。
「スタカンとまではいきませんけど、そうですね、ペイル・ファウンテンズを強く意識——」
「ペイルは四人組だよ」
夢二が刺すように私の言葉を制す。
「最後まで聞いて下さい。『(There’s Always)Something on My Mind』のシングルに描かれている、男の子ふたりみたいですよね」
恋と夢二は声をあげて笑った。
「光栄だよ」
「いやはや」
感心してくれたのか、夢二は私に拍手をくれた。
「あのジャケ欲しさに輸入盤屋を回りましたよ」
「どこで買った?」
「新宿のVinyl Japanです」
「僕はWAVEだった」
「俺も」
編集者とマネージャーはぽかんとしている。あまりに専門的な用語しか出てこないので、ついていけないようだった。無理もない。私も女子高生の頃はわからなかった。
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