愛があればオマージュ。なければただのパクリ

【第24回】遂に憧れの「ドルフィン・ソング」の二人と対面を果たしたトリコ。――やっと会えたね。内心で呟いたのも束の間、トリコの無難な質問にみるみる不機嫌になった二人は、部屋から出て行こうとする。咄嗟にトリコはマニアックな質問を始めるが……。

11 カメラ・トーク

 いよいよインタビューの時間になった。テーブルを挾んで、私は恋と夢二と向かい合う。この期に及んで、現実感がなかった。本当は口にしたかった。

 —やっと会えたね。

 頭がおかしいと思われるから必死でこらえる。それに、こんな言葉を口走るような奴はろくでもない。  一方的だったが、初めて出会ったのは女子高生のときだった。なのにいま、やっと巡り会えたのに、私のほうだけ四十を過ぎたおばちゃんになっていようとは。いくらメイクとファッションで誤魔化しても隠しようがない。悲しくてやりきれなかった。

 私は雑念を振り払おうと、カセットのテープレコーダーのRECを押した。ノートを開く。そこはこの日のために考えた質問でいっぱいだった。

「それでは始めさせて頂きます。アルバム、もの凄く良かったです! 二月にロンドンでレコーディングされてきたんですよね?」

 ファースト・クエスチョンとして無難なものだと思っていたが、夢二の顔は瞬時に不機嫌なものに変わった。鋭い目付きに、恐怖すら感じた。

「だからどうしたっていうんですか」

 不穏な空気が場を支配した。同席していたマネージャーと編集者が愛想笑いで場を和ませようとしたが、夢二の表情は変わらない。恋も頬杖をついてそっぽを向いたまま、目線を別のところに向けていた。  編集者が気を利かせて、マネージャーに話を振る。

「でも本当にいいアルバムだと思いましたよ。わかりやすいし、タイアップもついているし、これは売れるんじゃないですか」

 よくある社交辞令に過ぎない。だけど恋と夢二にとっては、いちばん気に障る言葉だった。 「恋」  夢二が恋に声をかける。恋が「ああ」と返した。

 ふたりは一斉に立ち上がった。私は彼らを見上げる。マネージャーが呼び止めたが、ふたりとも構わず扉のほうに向かった。夢二が石の礫のような言葉を投げつける。

「写真も撮ったからいいでしょ? どうせ適当なことしか書かないんだし」

 ドアの前に立つ恋に向かって、私は声をあげた。思ったより大きな声が出て、自分でも驚いた。

「お願いします! 私はおふたりに会いたいと心から願っていました。きょうの取材を楽しみにしていたんです。非礼をお詫びします。インタビューをさせて下さい」

 ドアノブにかけた手の動きが止まるのを、私は見逃さなかった。

「毎日たくさんの取材を受けて、〝どうしていつも帽子を被っているんですか?〟とか、〝好きなトレンディードラマは何ですか?〟とか、頭の悪い質問ばかりでいいかげんうんざりだと思います。でも私は音楽の話しかしません。恋さんと夢二さんと、音楽の話をいっぱいさせて下さい」

 私は九十度の角度に腰を折り曲げる。これでダメなら土下座だって厭わなかっただろう。静寂の後、ふたりはイスに戻ってきた。安堵の空気が流れる。

 胸を撫で下ろすのはまだ早かった。私は彼らの関心を引く質問を迫られているのだから。  だけど自信はあった。唇をギュッと結び直す。

「それでは改めましてよろしくお願いします。アルバムの一曲目は、シングルでもある『無鉄砲とラブアフェア』ですね。Armando Trovajoliの『Seven Golden Men』を彷彿とさせました。お好きなんですか?」

 ふたりの顔つきが変わった。武士にたとえるなら、刀を合わせた瞬間、「できる」と思わせた瞬間だった。

「イタリアのマルコ・ヴィカリオ監督作品、『黄金の七人』は日本公開が一九六六年なのでおふたりとも生まれていませんが、子供の頃から御存知だったのでしょうか? それとも大人になって、サントラから入ったクチですか?」

「そうだね。僕も恋も、子供の頃から家が古い映画を観る習慣があって、それに付き合わされて観てはいたんだけど、自分でバイトして小遣いを稼ぐようになって、レコ屋めぐりをしていくうちにサントラのLPを見つけて、そこからかな、アルマンドにのめり込んでいったのは」

 夢二が食いついてきた。恋も頷く。私は「よし!」と、心の中でガッツポーズを決めた。

「なるほど。歌詞は鈴木清順の佳作『無鉄砲大将』から引用していますよね。主人公のセリフをまんま使ったりして、清順マニアの私としては嬉しかったです」

「お」

 恋が声をあげる。夢二が前のめりになる。

「きみの清順ベスト3は?」

「ベタにいけば『殺しの烙印』『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』でしょうが、極私的には『刺青一代』『河内カルメン』『東京流れ者』ですかね」

「悪くない」

 恋が私を指差す。夢二が首を突き出す。

「僕ならそこに『すべてが狂ってる』と『探偵事務所23』を入れるか迷うね」

「『ハイティーンやくざ』を外すなよ」

「どこで観ました? 三百人劇場ですか? それとも大井武蔵野館?」

「いや、うちは親のコネもあって、監督の家に招待されて、全部観せてもらったんだ……」

 夢二がぼそぼそと、決まりが悪そうに言う。歌人の父親と清順には交流があった。

「それは羨ましいです。アルバム二曲目のインストですが、Marden Hillの『BACCHUS IS BACK』を換骨奪胎したというか—」

 夢二が初めて笑った。素敵な笑顔だった。

「言葉を選ばなくてもいいよ。パクったって率直に言っていいから」

 恋も一緒に笑う。さっきまでの凍てついた空気が嘘のようにほぐれてゆき、温かいムードに包まれた。自分たちの音楽のルーツをまったく知らないインタビュアーに飽き飽きしていたふたりが、わずか数分のうちに、気を許してくれたのがわかった。

 元ネタを指摘したことで怒らないか、賭けだったが成功した。顔には出さないものの、私も内心どれだけ安堵したかわからない。

「アルバムのトータルイメージというか、ドルフィン・ソングのコンセプトは、WouldBeGoodsの男版というか」

「そりゃ彼女たちはお嬢様というか、ハイソを隠していなかったけど、一緒にされたくないなあ」

 夢二の口振りは怒ってはいない。このガールズ・ユニットの話ができて、素直に嬉しいのだろう。唇に笑みを乗せている。

「スタカンとまではいきませんけど、そうですね、ペイル・ファウンテンズを強く意識—」

「ペイルは四人組だよ」

 夢二が刺すように私の言葉を制す。

「最後まで聞いて下さい。『(There’s Always)Something on My Mind』のシングルに描かれている、男の子ふたりみたいですよね」

 恋と夢二は声をあげて笑った。

「光栄だよ」

「いやはや」

 感心してくれたのか、夢二は私に拍手をくれた。

「あのジャケ欲しさに輸入盤屋を回りましたよ」

「どこで買った?」

「新宿のVinyl Japanです」

「僕はWAVEだった」

「俺も」

 編集者とマネージャーはぽかんとしている。あまりに専門的な用語しか出てこないので、ついていけないようだった。無理もない。私も女子高生の頃はわからなかった。

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ドルフィン・ソングを救え!

樋口毅宏

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