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リスクだらけのピクサーと、不安要素であるジョブズ

すごい才能ばかり集まっているピクサーのチームに入ってほしいと言われたのは素直に嬉しかった。だが事業としては謎だらけ、ジョブズから遠ざかる人はいても近づこうとする人はいない・・・。決断する前に、「イスラエルのスティーブ・ジョブズ」と呼ばれる友人に相談することにした。
3月14日に発売する『PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(文響社)より特別先行掲載!

ピクサーの事業はまだよくわからないけれど

 抱いている疑いをどこまでスティーブにうち明けるべきか、私は迷っていた。

 彼の物言いからすると、お誘いはかかりそうだ。それを受けるかどうかは別問題として、彼の出鼻をくじきたくはない。

 だが、なにも言わずにすますわけにはいかなかった。

「ピクサーの事業について、まだよくわからないところがあります。製品も技術もチームも、みんなすばらしいと思います。でも、どうやって事業を成長させるのかが見えないのです」

「それをこれから考えるのさ。ピクサーにはすごい才能が集まっていて、だれも目にしたことがないものを作っている。これをネタに事業を興すんだ。

 そのためには、きみが適任だとぼくは思っている。そのあたりは会って話さないか?」

 喜ばしい話だ。

 事業の可能性はさておき、ピクサーのチームに入ってほしいと言われたのは素直にうれしかった。

 その後、スティーブとは数回会って話をした。一度は彼の自宅で、私はヒラリーを伴い、スティーブも妻のローリーンと一緒に4人でだった。

 結論を出さなければならない時期が近づいてくる。どうするのか、そろそろ腹をくくらなければならない。

「イスラエルのスティーブ・ジョブズ」と呼ばれる友人

 私は、エレクトロニクス・フォー・イメージング、EFI社の創業者でCEO、エフィ・アラジに相談することにした。

 古い友人でメンターでもあるし、私はEFI社の最高財務責任者でもあるからだ。そもそも、昔、大きな仕事のチャンスを私にくれたのが彼なのだ。

 もうすぐ60歳になるエフィはイスラエル生まれのアントレプレナーで、イスラエルハイテク産業の父と呼ばれている。イスラエルで立ちあげた会社サイテックスが、カラー印刷とグラフィックデザインの世界を大きく変えたのだ。

 そのエフィだが、実は、イスラエルのスティーブ・ジョブズと呼ばれることが多い。

 ひとつにはイスラエルハイテク業界のパイオニアだからだが、大胆な性格で大きなことを言いがちだからでもあるし、さらには、創業した会社が成功後迷走を始めたため1988年に会社を去ってしまったからでもある。

 エフィはシリコンバレーに移り、デジタルカラー印刷の革命を続けられる会社を興そうとした。それがカリフォルニア州サンブルーノに創設したEFI社だ。

 この会社を興してすぐ、エフィは、私の会社のシニアパートナー、ラリー・ソンシニに、技術関連の複雑な交渉をまとめられる経験のある人物がほしいのだが、いい弁護士はいないかと問い合わせを出した。そして、ラリーの肝いりでこの件は私が担当することになった。

 私がエフィに会ったのは、パロアルトの事務所から北に30分ほど走って彼の新会社を訪問したときだった。

 ロビーに入るとエフィが出迎えてくれた。背が高く、碧眼巻き毛のハンサムだ。ただし、生え際はかなり後退している。仕立てのズボンにシルクシャツといういでたちで、王族かと思うほど堂々とした歩き方である。イスラエルなまりは強めだが、英語もまったく問題がない。

小さなスタートアップの法律家として鍛えられた

 そこから協力関係が始まり、エフィと私は世界中を巡ってキヤノン、ゼロックス、リコー、コダックなどオフィスオートメーション業界の巨人と交渉をくり返すことになる。

 シリコンバレーの小さなスタートアップがこういう大企業と対等な契約を結ぶというのは、そう簡単にできることではない。

 おかげで、私は法律家として大きく力を付けることができた。こういう大会社は、あの手この手でスタートアップを縛り、独立企業として栄えられなくしてしまうことが多いのだ。

 また、融通無碍なスタートアップからすると息が詰まるとしか思えないほど官僚主義の壁が分厚かったりもする。そういうところに対し、小さなスタートアップが対等に渡り合えるようにするのが私の仕事だったわけだ。

 一緒に過ごす時間が積み重なり、我々は仕事以外でも友人と呼べる関係になっていく。

 エフィのほうが20歳以上も年上なので、仲のいいおじさんという感じである。

 エフィはスポーツカイトが大好きだ。2本か4本の糸でいろいろなパターンに操縦できる現代の凧である。私の家族を誘い、ゴールデンゲートブリッジとサンフランシスコが遠くに望めるマリーナグリーンまで、スポーツカイトを飛ばしに連れていってくれることもあった。

 弁護士の仕事を続けるべきかどうか悩みはじめたとき、チャンスをくれたのがエフィだった。

「ウチに来るかい?」

「仕事は?」

「好きなことをすればいい。なにがしか見つけられるだろう」

「魅力的なお話ですけど……でも、弁護士として働くつもりはありませんよ? 弁護士の仕事をするのなら、いまのままで最高なんですから。転職するなら、なにか違うことがやりたいですね」

「どんどんやればいいさ。事業の世界で生きる力をつけるチャンスだよ。きみさえその気なら、どこまででも伸びていけるよ」

 またとない機会だ。信頼できる人のもとでスタートアップを内側から見ることができる。それは大事な経験にもなるはずだ。

 こうして、所属していた法律事務所の全面的な支援のもと、私は転職することになった。

ジョブズを知っていたエフィ

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ローレンス・レビー /井口耕二

ジョブズが自腹で支えていた赤字時代、『トイ・ストーリー』のメガヒット、 株式公開、ディズニーによる買収……アップルを追放されたスティーブ・ジョブズとともに、小さなスタートアップを大きく育てた真実の物語。 3月14日に発売する『PI...もっと読む

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