スケソウダラの変身欲が満たされてちくわとは望遠鏡の形
日曜の午後四時半。インターホンが鳴る。モニターを見ると、あの二人だ。静止画のようにじっとしている。こちらもじっとモニターを見る。目が合うことはない。近づけたN極とN極の間のような沈黙が、二人の心の間に圧縮されてある。腕時計を見る。秒針を見つめる。
またきっかり一分後。こちらに正面を向けた女性と奥の横向きの女性はわたしに、というより二人の神様に向かって深々と頭を下げた。
置き手紙のようにポストインされた二つ折りの広告。
「勇気を出しなさい!!」
と書かれ、開くと彼女たちの神様の絵が描かれている。二人の神様は、見た目が人間なのだ。
なぜいつも上から目線の命令なんだろうと、怒りのようなものが湧いてくる。
「勇気を出しなさい!!」って、一体何に。
通夜だった。瀬田のばあちゃんの。ばあちゃんは、いつもわたしをかばってくれた。母さんがわたしをとことん嫌ってたから、その分。
トンネルの中は線香の煙りで充満していた。苦しくて、息ができない。逃げようとしたけれど、ばあちゃんがいないこの世に生きて何になる? 自問自答して、止まる。ここで眠ればいいんだと、そのまましゃがみこみ、気を失いそうになった。
「勇気を出しなさい!!」
え?
「勇気を出しなさい!!」
耳もとで聞こえる。うるさすぎて、気を失えない。
「勇気を出しなさい!!」
だからなにに。
線香の煙りの中からあの二人が現れ、わたしをつかんで連れていく。
気がつくとわたしは、ちくわの外にいた。ちくわの穴からは、線香の煙りがもうもうと……。
わたしは、目覚めた。
49日間、生死をさ迷っていたのだ。ばあちゃんの後を追おうと手首を切って。
「ずいぶん深く切りましたね」
医師の言葉に、
「手首は、切断するくらいでないと死ねないって聞いたので」
わたしは微笑む。神経が切断され、左の指はすべて動かなくなった。
日曜の、午後四時半。インターホンが鳴る。モニターを見るとあの二人だ。
わたしは、動く右手で初めて、二人に玄関のドアを開けた。
世界という一貫性の証明のためにちくわに穴貫かれる
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。