古典文学の楽しみ方vol.2
古典の読みどころをお伝えする連載第二回目(ちなみに第一回目はこちら)。今回はバルザックの『ゴリオ爺さん』を題材にしましょう!
バルザックといえば、『ノルウェイの森』でこんな会話があった。
「現代文学を信用しないというわけじゃないよ。ただ俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費したくないんだ。人生は短かい」
「永沢さんはどんな作家が好きなんですか?」と僕は訊ねてみた。
「バルザック、ダンテ、ジョセフ・コンラッド、ディッケンズ」と彼は即座に.答えた。
「あまり今日性のある作家とは言えないですね」
(『ノルウェイの森』(村上春樹、講談社)より引用)
この台詞を読んで以来、わたしにはバルザックは「古典」作家の代表、というイメージが根づいていた。なんかいかめしい気がするしね、バルザック……。古典作品といえばバルザック、昔の作家といえばバルザック。
だからこそこの連載を始めようと決めたとき、読んでみた、のだ。実は敬遠していたバルザックを。
小説家フェリシアン・マルソーは「我々は皆、『ゴリオ爺さん』の子どもだ」と述べているのだ、ってウィキペディアが言ってたのだけど、バルザックというのは、やたら世の作家さんに人気のある作家だ。モームも『ゴリオ爺さん』を世界十大小説に挙げてたし。バルザックはすごい多作の作家なので憧れられるのか。
しかし『ゴリオ爺さん』を読んでみると、まず、ほんとに、混乱する。
『ゴリオ爺さん』バルザック著,中村佳子訳
(光文社)
舞台は19世紀前半のパリ、埃でかすむ貧乏下宿屋から始まり、きらびやかな社交界にまで移動する。主人公はパリに出世の野心を燃やしてやってきたラスティニャック、そして彼の住む下宿先の住人であるゴリオ爺さん。……といいつつ、主人公以外の登場人物がやたらめったらに多いのだ。
だ、だれがだれだっけ、ええとこいつが貴族の……と、とくに小説の最初では頭の中に登場人物を注意しながら読む。わたしは記憶力が悪いのでおいおい誰だっけこいつとページをめくり返したりもした。
しかし読み進めるうちに、「こ、これは」とおどろいた。
バルザックは、日本の青年漫画の原型なんですね……!
と考えれば、めちゃくちゃすんなり読める小説が『ゴリオ爺さん』なのである。
さて、どういうことか説明いたしましょう。
【バルザックを読む前に覚えておきたい三項目】
①『ゴリオ爺さん』は、お金をめぐる雑誌連載小説(カイジやウシジマくん的な)だ。
②キャラ小説として読むべし。
③登場する区域に注目して読むと、見えなかったパリの町が浮き上がる。
①『ゴリオ爺さん』は、お金をめぐる雑誌連載小説(カイジやウシジマくん的な)だ。
『ゴリオ爺さん』は、【お金をめぐる雑誌連載漫画の原型】だと思えばいいんだ~!
ということです。
ほら、『賭博黙示録カイジ』とか『闇金ウシジマくん』とか、「お金をめぐる青年漫画」って一定の人気があるでしょ。あれだよ。人間の欲と社会の裏側とそれらを包括する人間臭さのにおい、から派生する物語たち(しかも雑誌連載だからエピソードが継ぎ足され、伸びてゆく)。
そもそも『ゴリオ爺さん』がどういう話かといえば、青年ラスティニャックがなんとかお金持ちになるべく年上のおねーさん(貴族)の心をつかもうと鋭意努力したり、ゴリオ爺さんが娘たちを溺愛しすぎて破産したり、おいおいそれでいいのかパリの貴族、とつっこみながらもキャラが立ってるがゆえに読み進めてしまう話。
「この社会ではモテることがすべてよ!」なんてのたまう台詞も出てくるけれど、『ゴリオ爺さん』を読むと、パリの社交界という世界でいちばんきらびやかな場所でも、その裏側は人間の自意識や承認欲求に突き動かされてんだなァ……としみじみ思う。
「いいか、よく聴けよ! 幸薄い憐れな貧乏娘の心というのは、愛に満たされたいと渇望するスポンジみたいなもんさ。からからに乾いたスポンジは、同情のひとしずくでもそこにおちれば、すぐさま膨張する。孤独で悲しみのどん底にあり、貧しくて、将来自分に財産が転がりこんでくるなんて思ってもいない、そういう条件の娘に言い寄るんだ。そしたらぽんっ! ストレートと4カード合わせたくらい強い。買う前から当たりの数字を知ってる宝くじみたいなもんだ(『ゴリオ爺さん』光文社古典新訳文庫より引用)
ほら、ウシジマくんっぽくないですか!? ねえ!?
ちなみに『ゴリオ爺さん』で語られる「勉強して労働するよりお金持ちと結婚した方が生涯年収高いだろ説」を、そのまんまピケティ(数年前流行りましたね)が引用したらしい。ピケティの説を体現したような物語だもんね。
②キャラ小説として読むべし。
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