男と女という言葉が、性の連続を断ち切った

自然の中では「男」と「女」、「雌」と「雄」を明確に分けることはできない。しかし、社会では「男」と「女」の二つの性に限定した時代が長く続いていた。今になってやっとLGBTの人々が声を上げ始めた。なぜ今まで、「男」と「女」しか認めなかったのか? 著者は、「男」と「女」という言葉が性を断ち切っていたのだと断言する!『ヒトはなぜ、ゴキブリを嫌うのか?』から特別連載第一弾掲載!

私たちが住んでいる社会は非常に読みにくいが、その中で一つは「男と女」という問題があり、これをどう考えるかという話をしたいと思います。男と女の違いを決めているのは自然です。そういうことを言うと、誰でも、男と女の間が切れることが当然だと考えてしまう。しかし、生と死の間が切れないのと同じように、本来自然の出来事というのはきれいには切れません。だから、男と女の間もきれいに切ることができません。

「男」と「女」は、自然の中では完全には切れてない

私は解剖学をやっていましたが、解剖では人間をバラバラに切り、それに胃とか腸とか、腸にもさらに大腸、小腸、直腸などと名前をつけていますが、実際には切れ目のない一本の管です。ではどうして切るのかというと、まさに名前をつけるからです。このように名前をつけると、私たちは言葉の世界に生きていますから物がきれいに切れて見える。

男と女も完全には切れていません。男と女が最初に決まるのは染色体。女はXX、男はXYという性染色体を持っています。これはどうして決まるのかというと、両親のそれぞれから一個ずつもらうので、Y染色体を持った精子が受精すると男になり、X染色体を持った精子が受精すると女になるわけです。X染色体とY染色体は重さが違うので精子を分けることができる。そうすると、男女の産み分けも可能になります。しかし、そこでかっちり男と女の区別が決まっているのかというと、そうではない。たとえば、妊娠してから七週までの間の胎児は、我々が顕微鏡で見ても男と女の区別はできません。染色体を見ればわかりますが、それ以外はまったく違いがない。七週を過ぎると、卵巣、精巣になる部分の区別ができるようになります。

精巣というのは睾丸のことですが、精巣と卵巣はもともと同じもの。理由はわからないが、睾丸の方は、発生のある時期にだんだん下がって外に出てきます。どんな動物でも出てくるかというとそうではありません。たとえばクジラやゾウには外から見えるタマはない。精巣は卵巣と同じ位置にあります。全部完全に下がっているのはヒトとかシカ。ネズミのように途中まで下がっているのもあります。つまり、卵巣と精巣は本来同じ器官であり、これをまとめて性腺と呼んでいます。ここでY染色体が働くと精巣、働かないと卵巣ができます。

 精巣ができた場合はこれが男性ホルモンをつくり、このほかにも抗ミュラー管ホルモンというものをつくります。ミュラー管というのは、子宮と卵管をつくる管で、七週までは男にも女にもできます。しかし、精巣ができるとこのホルモンが出て、ミュラー管を殺してしまう。だから、男には子宮と卵管ができてこない。さらに男性ホルモンが出るので、一般に男と女の違いとして知られている外部生殖器の違いができてきます。

 さらに年頃になると、さまざまな二次性徴が出てくる。男の子は声変わりし、女の子はおっぱいが出てきたり、いろいろな変化があります。そこで脳の性差が決まってくる。これがちょっと違うふうになると、相手が男でなくてはいやだというような男が出てきたりします。このように、性に関して、短く言っても少なくとも四段階の違ったことが含まれています。しかもこの段階のそれぞれについて、どちらともいえないケースが出てきてしまう。例えば、ターナー症候群といい、X一つしかないケース。この場合外見上は女性になります。

 あるいは、クラインフェルター症候群という、XXYの染色体を持っているケース。この場合外見は男です。XYYというケースもある。睾丸性女性化症では、いったん精巣ができて男性ホルモンが出される。ところが、ホルモンの受容体が遺伝的に異常を起こしており、ホルモンが働きません。したがって、外見上は女性になります。卵巣の位置に精巣がある。卵巣がないので原発性無月経となり、そのうち何割かの人は卵管と子宮がありません。

 Y染色体を持っていなければ、自然に女性になってしまう。さらに男でも去勢すれば女性化します。

 昔の中国の宦官のように、去勢すると髭が生えなくなり、何となく脂肪がついて、女性的な体型に変わってきます。哺乳類は一般にそうです。それはY染色体が無理に男性の方に引っ張るからです。性決定機構は動物によってかなり違いますが、いわば放っておくと女性になるのが哺乳類です。哺乳類の子どもは母親の胎盤で育つ。胎児の育っている環境は言ってみれば女性ホルモン漬けです。したがって、仮にホルモンで性決定をすれば、みんな雌で生まれてくるはずです。だから、染色体でいわば無理に雄をつくらないとみんな雌になってしまう。

 何が言いたいかというと、男か女かわからないものが自然にできてしまうということ。さらに、立派な体格の男になっても、相手は男の方がいいという人が出てきてしまう。これは、脳が決めていることです。つまり、最初の四つの段階で男と女の決定をしており、それぞれの段階で決定をし損なう人が出てきてしまう。だから、男と女の区別はよくよく見ると簡単には決められないのです。

大したものは要らないことを、そろそろ学びましょう。

この連載について

ヒトはなぜ、ゴキブリを嫌うのか?

養老孟司

スマホやPCが必需品となった現代人は今、気づかないまま大きな落とし穴に突き進んでいる。どんな落とし穴なのか? そのサインは、突然、台所や部屋に現れるゴキブリを忌み嫌う心理の奥底を読み解くことで浮かび上がってくる。なぜ、あれほどに嫌うの...もっと読む

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コメント

rei_ayanami_09 …ほもが、できてしまう、理由? 4ヶ月前 replyretweetfavorite

zyosoumakeup 男と女は明確に分けられないという話。講師の尊敬してやまない養老孟司様のお言葉です🖋参考までに! https://t.co/mWERLfOpVd 4ヶ月前 replyretweetfavorite

yoromaniax 養老先生の著書から、特別連載! (もがおさん、情報ありがとうございます!) #養老孟司 #連載 https://t.co/lsUgOkEJIR 4ヶ月前 replyretweetfavorite

808cyatumi 「」 面白かった、色々と腑に落ちた https://t.co/mpwpZMdwsr 5ヶ月前 replyretweetfavorite