電書テロが原因で対立する岩田と芹澤。そんな時、新たな人事情報が!

【第23回】
漣野の電書テロで出版部の芹澤が電子書籍部の岩田に食って掛かる。岩田は取り合わないが、漣野はこの先、作家として活動していけるのか? 心配する枝折だが漣野とは連絡も取れない状況が続いていた。
そんな時、岩田が電子書籍部から外れるかもしれないという噂が……。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら変貌する出版界の明日を占うお仕事小説。

◆忘れられない年

 十一月の下旬。

 電子書籍のデータ確認、販売計画の立案、電子書店への営業、月曜の会議への企画提出。そうした業務を縫っておこなわれる枝折(しおり)に任された数々の仕事。

 既刊本の電子書籍化の許諾。春日文庫と岩田(いわた)に命名された電子書籍レーベルの作成。BNBに依頼されたリストの消化も、待ったなしで進んでいる。

 今日ようやく有馬(ありま)に、校正済みの原稿データを送った。十二月末からBNBで展開する専売作品の第一弾をようやく納品できた。

 最初の作品は中編四作。バーンネットの主力事業であるネット通販をテーマにしたものや、チャットで展開する恋愛小説など、同社の顧客に特化したラインナップになっている。

 その第一弾に漣野の名前はない。BNB向けの原稿だけでなく、春日文庫の原稿も完成していない。ネット小説を見つけて訪問して以来、漣野(れんの)とは連絡が取れていない。

 岩田には、漣野が本当に書きたいことを引き出すと言った。しかし、電話も繫がらないメールの返信もないとなると、どうしようもなかった。

 ネットの炎上は、漣野の名前が出て、個人情報がさらされるところまで進んでいる。芹澤(せりざわ)が、電子書籍編集部に怒鳴り込んできたのは記憶に新しい。

「岩田、なにをやっている、漣野のあれをやめさせろ」

 芹澤の苦情に、岩田はとぼけた顔で答えた。

「あれ、もしかして、おまえがモデルなのか? 書かれて困るようなことをしていたのか? もしそうなら、会社の評判を下げるんじゃねえよ。おまえが編集長になって、リストラだなんだと言って、大量に作家を切ったよな。あの小説と似たような話が、ぼろぼろと出てくるんじゃねえのか」

 岩田と芹澤は三十分ほど言い争った。芹澤は捨て台詞を吐き、部屋を出て行った。

「騒動のおかげで、漣野さんの電子書籍がよく売れるなあ」

 岩田はパソコンを見ながら呟いた。芹澤はまだわずかに残っていた漣野の紙の本を絶版にした。また、少なくない作家が、この機にと不満を訴えてきた。漣野の一件は、社内でも大きな問題になった。

 漣野はこのまま消えるのではないか。

 こうした騒動を起こした作家を、進んで使おうとする出版社はないかもしれない。商業作家としての漣野久遠(くおん)は死んだのかもしれない。

 そう思うと同時に、本当にそれでよいのかという疑問も湧いてくる。漣野は、枝折が初めて仕事で会った作家の一人だ。漣野と南雲(なぐも)、その二人には特に思い入れがある。

 自分のことを悪く書かれて腹を立てたが、今はもう憎んでいない。新入社員として至らない対応をした。不満も多かっただろうと思っている。

「春日さん。春日文庫、徐々に原稿が集まってきたみたいじゃない」

 四階の自分の席で、来週の会議向けの資料を作っていると、服部(はっとり)が声をかけてきた。服部は、ネットの騒動などどこ吹く風で、陽気に振る舞っている。そのことが社内の重苦しい空気の中でありがたかった。

「ええ。十本集まったので、そろそろ販売計画を立てようと思います」

「なにか仕掛けは考えているの」

「コンプリートしたくなる、目次的なガイドを無料で配布する予定です。新潮社が夏にやっている新潮文庫の百冊みたいな奴ですね。集めるという意味では、スタンプラリーに近いですけど」

 枝折はノートパソコンの向きを変えて、服部に草案を見せる。

「ははーん、これは古今(こきん)和歌集をモチーフにした部立てね。そういえば春日さん、大学では古典文学を学んだと言っていたわね」

 服部の指摘に、枝折はうなずく。

 古今和歌集は、平安時代前期に作られた最初の勅撰(ちょくせん)和歌集だ。編纂の中心人物だった紀貫之(きのつらゆき)は、千首以上の歌を分類して、そこに大きな世界を構築した。

 四季の移ろい、人生の局面、恋の始まりから終わりへの変遷。大きなうねりの中で、それぞれの作品が輝くように配置されている。まさに編集の妙という奴だ。

 上がってきた原稿は、そのままでは単体の力しかない。出版社が、著者と書店のあいだに入る意義を考えた時、それは売り方だろうと枝折は考えた。

 読み方の提案。読む切っ掛け作り。

 漣野が話したようなプラットフォームの提供は難しくても、大きな網を作り、読者へと投げることはできる。

「ねえ、春日さん。今そろっている原稿では、どれがおすすめなの」

 服部は、枝折の手元を見ながら尋ねる。

 自分が関わった原稿は、どれも子供のような愛おしさがある。一つを選べと言われても選びようがなかった。

「おすすめかどうかは分かりませんが、一番興味を持ったのは南雲さんの小説です」

「へー、どういう風に興味を持ったの?」

「これまでの作風と大きく違うんですよ」

 枝折は服部に説明する。南雲に会ってから、彼の本は全て読んだ。最初に届いた原稿は、その頃のものとほぼ同じだった。しかしその後、原稿をやり取りするたびに、劇的に進化していった。

 文体が変わった。リズムが変わった。文章全体の重さが減り、軽やかさが増した。
 まるで若返っているようだと思った。

 なぜそのような変化が起きているのか分からない。四月に会った時の、沈んだ南雲の姿から想像できないほど、小説全体に瑞々しさが行き渡っていた。

 小説の内容は、文芸誌の編集部を舞台にした連作短編だ。一つ一つ書き起こしたようには見えない。まるで、大量の連載を書いたあとに、傑作選を作ったみたいだ。

 これは売れそうだ。根拠はなかったが枝折はそう感じた。そして、この原稿を多くの人に読んでもらいたいと思った。

「へー、読むのが楽しみね」

 服部は、目を輝かせて言う。

 廊下から大きな声と足音が聞こえてきた。岩田だ。遠くからでもすぐ分かる。

「おいっ、春日」

 部屋に入ってくるなり名前を呼ばれた。

「はい、なんですか」

 大声で答える。

「来週の金曜の夜、電子書店の担当者たちとの忘年会がある。出られるか」

 暗い気持ちを吹き飛ばすのには、ちょうどよさそうだ。グーグルカレンダーを見る。予定は入っていない。寂しい独り身なので、金曜の夜も真っさらな状態だ。

「大丈夫です。問題ないです」

「よし、俺と服部と春日で行く。服部、春日の介抱は任せたぞ」

「トイレまでコース、おうちまでコース、病院までコース。どれでも任せてください」

 服部は敬礼のポーズを取る。

「ちょっと待ってください。どれだけ飲ませる気なんですか」

 服部は冗談よと言いながら笑った。枝折は、服部の話は冗談に聞こえないから怖いんだよなあと思った。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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