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苦労ばかりのピクサーが商業的に成功するにはどうしたらいいか

『トイ・ストーリ-』、『ティン・トイ』の監督、ジョン・ラセターは、ピクサー社員は皆クリエイティブで素晴らしいが苦労ばかりしてきたと語った。ピクサーには必ず成功してほしいという熱い思いは伝わってきたけれど、商業として成功させるための道筋はまったく見えてこない・・・。
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ジョン・ラセター監督との出会い

 そのあとはアニメーション部門に戻り、コーナーに置かれたテーブルについた。そこに登場したのが、ピクサーをクリエイティブな面でリードするジョン・ラセターである。短編も『トイ・ストーリー』も、ジョンが監督の作品だ。

 年は私よりひとつ、ふたつ上だろうか。明るく、子どもの心を忘れていない感性が印象的だ。ちょっとずんぐりした体をジーンズとアロハシャツに包み、頭は短髪、生え際は後退気味だ。いたずらを考えているんじゃないかと思うくらい目がきらきらしていた。

「おいでくださり、ありがとうございます」

 満面の笑みだ。

「我々にうってつけの方だと思うとスティーブから聞いております。これまでどういうお仕事をされてきたのか、お聞かせ願えますか?」

 私の自己紹介をジョンはじっと聞いていた。法律事務所で働いたことや、そこを退職してクライアントのところに再就職した話もした。ジョンは退職の理由に興味をもったらしい。

「法律の仕事はおもしろかったのですが、同じことのくり返しでつらいこともありますし、6分単位で料金を請求するのにもなじめませんでした。

 そして、クライアントのスタートアップを見ていると、みな、冒険をしているように感じたんですよ。そのなかに、ビルをスマートにするセンサーを開発しているエシュロンという会社がありました。すごい技術で、ああ、ああいう冒険が自分もできたらなと思ってしまったのです」

映画制作にはクリエイティブな面と技術的な面がある

 ここで、話をピクサーに転じた。

「クリップを見せてもらったんですが、あれ、すごいですね」

 私は思わず身を乗りだしていた。

「ピクサーでこんなことが進められているなんて知りませんでした」

「まだ世の中には知られていませんからね。ここには映画製作のクリエイティブな面と技術的な面の両方があります。これはなかなかないことです。
 私が監督している映画は技術的に画期的なものですが、私は技術畑の人間ではありません。パートナーシップですよ。クリエイティブ的にこういうものがほしいと技術班に頼み、行ったり来たりする形で実現していくんです。望むものすべてが手に入るわけではありませんが、なんとか折り合いをつけていくわけです。
 ウチの技術班はすごいですよ。まあ、結婚みたいなものだと言えばいいでしょうか」

「それは見せていただいたクリップから感じました。あのあとも早く見たいですね。
 ところで、会社としてのピクサーはどんな感じでしょうか。将来の見通しなど、教えていただきたいのですが」

苦労ばかりしてきた社員のためにも、成功させたい

 答えは、すぐには返ってこなかった。

 ほんのわずかだがジョンの雰囲気が変わる。少し真剣な感じに、だ。ちょっと言いにくい話をするかのような感じである。

「正直なところをお話ししましょう。社員がこの会社につぎ込んできた労力はすさまじいものです。大変でした。とても大変だったんです。

 みな、何年もじっとがまんを重ね、会社のためにすべてをなげうち、たいした見返りも求めず、日々、私がびっくりするような仕事をしてくれたのです」

 いろいろとこみ上げてくるものがあるようだ。

「ピクサーは上から下まで全員、創造的ですばらしい人がひたむきに仕事をしています。それに見合う称賛と報酬を彼らには得てほしい。これまで苦労ばかりしてきました。でも社員のため、社員みんなのため、ピクサーに成功してほしいんです」

 ジョンの声は震えていた。不当な仕打ちをうけた人々のため、その不正を正すべきだと旗を振る人のように感じられた。

『トイ・ストーリー』の話も少しした。

 ジョンからは、昔作った短編から着想を得たことのほか、トム・ハンクスとティム・アレンがウッディとバズの声を当ててくれることになってとてもうれしかった、ランディ・ニューマンに音楽を担当してもらえるのもうれしいなどの話があった。

 すごい名前が出てきた。

 トム・ハンクスは『めぐり逢えたら』『フィラデルフィア』『フォレスト・ガンプ/一期一会』とたてつづけに成功を収めて世界的なスターにのし上がったところで、今度の夏には話題作『アポロ13』に主役として登場すると言われている。

 ティム・アレンは、彼が主演のテレビドラマ、『ホーム・インプルーブメント』が大人気で3シーズン目を迎えたところだった。ランディ・ニューマンと言えば、映画音楽の作曲家として、また、レコーディングアーティストとして知らない人がいないほどのスターである。

「すごい。それはうれしいでしょうね」

「ええ、とても。みなさん、すばらしい仕事をされるんですよ。ほかの声優さんもいい人ばかりです。我々は本当にラッキーだと思います」

ジョンもエドも、必ず勝つ人間だと確信した

 私のようなシリコンバレーの人間は、スターの魅力に弱いものだ。映画など、自分には一番縁遠い世界だと思っていた。何光年も離れているというほどに。それが、自分が働くかもしれない会社の映画にすごい人が声優として出演してくれるなんて話をしているのだ。

 就職の面接ではなく、ハリウッド観光で映画スタジオを見学させてもらっているような感じで、いまいち現実だと思えないくらいである。

 ジョンとエドを前にそこまでのことを思い返していたら、ある想いがわき上がってきた。

 このふたりは、商業的な成功や称賛がないに等しい状態で、リーダーとして何年も作品に打ち込んできた。彼らは勝つ。勝つ側の人間だ。いつ、どこで、どのようになのかはわからないが、それだけはまちがいない。いつか、必ず、勝つ。そう確信したのだ。

 そのあと、エドが、パム・カーウィン、ビル・リーブス、ラルフ・グッゲンハイムなどピクサー幹部を紹介してくれた。それで私の会社訪問はおしまい。あっという間だった。

 だが、ビルを出ると、まもなく、スターへのあこがれというバブルははじけてしまった。駐車場はわびしいし、目の前は製油所だし、家までは渋滞の道をえんえん運転しなければならない。

 いずれにせよ、すぐに結論を出す必要はなかった。そもそも、お誘いがかかるかどうかもまだわからないのだ。それは、エドやジョンなど、この日会った人々にどう思われたか次第である。個人的には、来てくれと言われるなら光栄だと思う。

事業としてのピクサーは謎だった

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ローレンス・レビー /井口耕二

ジョブズが自腹で支えていた赤字時代、『トイ・ストーリー』のメガヒット、 株式公開、ディズニーによる買収……アップルを追放されたスティーブ・ジョブズとともに、小さなスタートアップを大きく育てた真実の物語。 3月14日に発売する『PI...もっと読む

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