お正月ムードの残る1月4日。
共働きの私たち夫婦はそれぞれ職場へ、2歳の娘は保育園に。
それぞれ1週間ぶりに日常へと戻っていった。
しかし業務をはじめてわずか2時間、まだ昼休みにもなっていない段階で、不穏なバイブに震えるスマホ。
表示されていた所属保育園の名前をみて、正直、固まってしまった。
「…はい、瀧波です。」
「あ、お母さん、担任です。いまお熱が38度をこえていて、咳も止まらないです。インフルエンザかもしれないのでお迎えをお願い致します。」
すぐ行きます、と通話をきったものの、娘の心配だけもしていられない。
新年そうそう放り出すことになるかもしれない仕事にタメ息をつき、同僚に頭を下げて会社をでる。
迎えに行った娘は高熱ながら元気いっぱいで、給食も残さず食べたらしい。
こりゃ明日には回復しそう…?
私の淡い期待は、咳の延長で激しく嘔吐する娘の症状にかき消される。
昼食から数時間たっているはずなのに、食べたものがほとんど消化されていなかった。
それだけ、娘の内側はウイルスに攻撃されていたのだ。
その夜、娘は咳がとまらないので眠いのに眠れず、うとうとしてはゴホゴホむせて起き上がり、のどが痛くて水を欲しがっては、数分たつと胃の中のものをすべて吐いた。
小さな背中が、咳こむ反動で大きく揺れる。
苦しくて、目元には涙がにじみ、熱のあるのどは鼻水がまわって気持ちわるそうだ。
抱きしめて背中をさすると、安心したような表情で目をとじるのに、数秒後には咳にうめいて眉間がぎゅっと縮こまる。
うえ~ん、まぁまぁ~と弱々しくあえぐ声に耳も胸もつぶれそうだ。
月並みだが、代わってやりたかった。
どんなにワガママを言ってもいい、ギャーギャー怒ってものを投げたっていいから、眠れぬ夜から解放してあげたかった。
痛々しい姿に涙目になりながら、何十回も嘔吐物の処理をして、朝になるころには、自分も全身に寒気をおぼえる高熱がでた。
小児科の予約を朝一でしていたが、私も受診が必要なため、夫に頼む。
昼過ぎにやっと家族が再集合したときには、インフル確定母子と、関節が痛んで熱が出てきた父という、満身創痍な集団ができあがってしまった。
一家全滅! 夫婦の関係性にきれつが入る。
娘と私40℃、夫38℃の状態から午後がスタート。
知り合ってから5年間、1度も熱などでたことのない夫は、重症だ…もう無理…とつぶやき、静かに布団に横になった。
私は、あん?と思った。
こちらのほうが熱も高く、座っているのもしんどかった。
なのに一言の相談もなく、娘に昼食を与え薬を飲ませ不機嫌に付き合って寝かしつけるという重労働を放棄したことに、反射的に不満を覚えたのだ。
私だって寝てたいですけど?
寝ずに看病したからもう限界ですけど?
フツフツと湧き上がる怒り。
制裁として、ゼイゼイしながらつくった玉子粥が完成しても、夫に声をかけなかった。
そして高熱なのにまったく寝ない娘に2時間付き合いヘロヘロになった頃、「あ~やっぱダルいわぁ~」と夫が起きてくる。
お鍋の玉子粥をみて、おおありがとう、食べよ~と言ったのを聞きおわるまえに、今度は私が無言で寝室に横になる。
娘は「あかるいおへやであしょぶのー!」と絶叫しており、説得する元気もないのでそのままおいてきた。
感じの悪い態度、そして娘の世話を配慮しない、自分だけの休息。
「報復」のつもりだった。
さきほど自分がされた理不尽とイラ立ちを、お返ししますね!とばかりにぶつけ返していた。
そんなことをすれば、夫も当然「あん?」と思うので、ここから夫婦の空気感は加速度的に悪くなった。
娘の相手に苦戦する夫は、私の飲みかけのグラスをみたのか「チッかたせよ…」とつぶやいてみたり、ママがいいー!と泣きまくる娘に「でもママは休みたいんだって」などと暗にこちらを責めるようなことも言った。
断っておくと、夫は普段こんなことは言わない。
あっけらかんとした気持ちのいい人間なのだ。
しかし「自分が体調不良の中、機嫌のわるい子供の看病をする」を初体験している彼は、そのしんどさを発散せずにいられなかった。
また私も、いつもは明るく肯定的な夫がイラついていることがイラだたしく、ひたすら無視をし、起き上がって娘のオムツを確認しては「え、もうパンパンじゃん」と夫が交換していなかったことを非常に嫌味に指摘した。
私たちは、協力しても大変な病病看護の状態なのに、自分のツラさにしか目がいかず、間接的に相手を責め、娘の看病と育児タスクを押し付けあってしまっていた。
「たったひとりの仲間なんだ」を思い出した。
娘は2日目の夜も眠りが浅く、頻度はさがったが嘔吐もあった。
川の字で寝ているが、私にピッタリくっついているので夜間の対応も多くなる。
抱っこしてあやしてみるが、こちらも泣きたいくらい身体がしんどい。
夫は特になにもしないのだが、起き上がって、せき込みグズる娘の背中をなでつづけた。
「つらいねつらいね、大丈夫だよ」
娘に語りかける夫の声は、この世界でただひとり、私と同じようにこの子を案じて、無理をしてくれるパートナーのそれだった。
自分の不甲斐なさに、涙が出る。
どっちのほうがどれだけツライとか、どっちのほうがどれだけ我慢してるとか、そんなことを言い合うために、この人と一緒になったわけではなかった。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。