左から、溝口彰子さん、田亀源五郎さん、エスムラルダさん。
譲れない“『摩利と新吾』基準”
田亀源五郎(以下、田亀) 溝口さんの『BL進化論[対話篇]』を拝読していて思ったことがあります。『囀る鳥は羽ばたかない』のヨネダコウさんとの対談の中で、ヨネダさんがある悪役キャラについて、はじめは「でっぷり太った人」にしたかったけど、それだとさすがにビジュアル的にマズいだろうと思ってやめて、青年劇画の世界で出したらいい男、くらいの見た目にしたとおっしゃっていましたよね。それを溝口さんが、やめてくれてよかった、と言っているくだりがあって(笑)。
で、私はどちらかというと、溝口さんの主張って、「BLの裾野がどんどん広がっていって、色んなところでボーダーレスになっていく」という話なんだと思って読んでいたから、「えっ、そこ喜んじゃうの? 残念に思うところじゃないの?」ってちょっと驚いちゃったの(笑)。
溝口彰子(以下、溝口) そうですか。もちろんBL愛好家でも人によると思うんですが、やっぱり私はBLの中でも、BLの祖先である24年組のマンガから始まっていて、『ポーの一族』(萩尾望都)や『摩利と新吾』(木原敏江)からすごく影響を受けたというのがあるので、その基準はあると思います。もちろん、あそこまで中性的なアンドロジナス(※1)じゃなくてもいいですが。
※1 アンドロジナス:両性具有。プラトンが『饗宴』のなかで、人間の原初の姿とされる、男女が一体となった球体状の姿のことをこう呼んだことから、男女両方の特徴をあわせもった中性的な魅力をもった人物のことを指す。
ちなみにヨネダさんは青年誌にも進出されていて、「イブニング」連載中の『Op-オプ-夜明至の色のない日々』という作品では、脇キャラですが「鯨(くじら)」という頭を剃り上げたキャラも登場します。なにかの機会にヨネダさんとメールをしていたときに、ヨネダさんご自身も「あのキャラは描いていて本当に楽しいです」とおっしゃっていました。
Op-オプ-夜明至の色のない日々(1) (イブニングコミックス)
多様に広がりつづけるBLの絵柄とフェティッシュ
田亀 なるほど。でも基本的には、どんな媒体でもそうですけど、たとえばゲイ雑誌でドラァグ・クイーンがNGな時期があったり、オネエ言葉厳禁な時期があったりするように、やっぱりBLはBLで、そのメディアの基準として美しくないものは出さない、という見解はあるんだな、というのはあらためて感じました。BLにおける「毛」の扱いもそうですよね。
溝口 はい。絵柄に関しては、1990年以降のBLというのは、ざっくりいうと、24年組などの少女マンガからの流れと、少年マンガの二次創作の流れが合流したものなので、バラを背負いそうな絵柄だけではなく、少年マンガ的な絵柄も多いです。また、ケモミミ(人狼など獣の耳のあるキャラクター)ものが増えていたり、さらにはクワガタ同士の恋を描いたものなど(笑)、様々な擬人化もの、特殊設定ものが増えています。
田亀 擬人化は、私も“おでんだね”でやりましたからね(笑)(『筋肉奇譚』収録の「おでんぐつぐつ」)。
溝口 (笑)。ちなみにクワガタのお話はSHOOWAさんの『ニィーニの森』という作品の中の「番外編 蛹の脚」という短編です。
それと、最近はこんな作品もありました。たなとさんの『PERFECT FIT』では、生まれつき左腕がひじの少し下までしかない攻めキャラと、彼に惹かれるかわいい受けが大学院の先輩・後輩の関係で、攻めのほうは腕のことを隠すとか、気に病むとかでなくめちゃくちゃ有能な自信家。で、受けは、攻めをカッコいいと思っていて、なおかつ、攻めの途中までの腕の先端を抱えるように抱きついて眠ったり、とある意味フェティッシュに愛おしんでいたりする。
そういった多様性のほうは広がっているようです。
PERFECT FIT(1) (onBLUE comics)
24年組に体毛があった!『イヴの息子たち』の先見性
田亀 私、少女マンガで、男性性とか毛をポジティブに描いてたものってなにかあったかな?と記憶を探っていたら、ドンピシャでひとつ、あったんです。青池保子さんの『イヴの息子たち』で、主人公3人組のうちのひとりのヒースというピアニスト。今あらためて見るとすっごく細いんですけど、少女マンガの文法ではマッチョということになっているキャラで(笑)、しかも胸毛がもじゃもじゃしている。
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